リゾート会員権論 3「リゾートブーム・会員権利用の2つの軸」

2020年12月に東京で開催した勉強会の講演録の3回目です。今回はリゾート会員権の歴史のうち、主にバブルの時代について背景を見ていきます。別荘やリゾートマンションの代替物という概念からスタートしたリゾート会員権は、バブル時代に投機的な対象となった結果、異質な豪華施設を生み出します。そして1990年代にそのバブルは崩壊します。

ここまでの記事はこちらです。よろしければ最初から順にお読みください。

(第1回)リゾート会員権論 1「はじめに・基本的性質」
(第2回)リゾート会員権論 2「預託金制と共有制」

resortboy:さて、歴史に戻ります。リゾート会員権を考えるときに振り返っておかなければならないブームが2つあります。別荘ブームとリゾートマンションブームです。

リゾート会員権の誕生と同じで、1960年代から70年代のレジャーの大衆化と並行して、ステイタス、憧れとしての別荘に人気が集まっていく時代がありました。代表的な別荘地として、スライドでは、軽井沢、箱根、蓼科、山中湖、那須、清里(八ヶ岳)、房総、伊豆高原を挙げておきました。

リゾートマンションブームは別荘ブームの変形と言えるものですが、先ほど挙げたリゾート法が1987年に成立してリゾート開発に拍車がかかった時、日本ではスキーブームが起きていました。

それを象徴する映画が「私をスキーに連れてって」で、1987年の冬(11月)に公開されています。当時、私も学生でしたので、頻繁にスキーに行っていました。大学生がバスツアーで栂池のペンションに泊まってフランス料理食べたりとか、そういう浮かれた感じの時代です。

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バブル景気とスキーブームが同時に起きたことで、新潟県湯沢町で建築ラッシュがあったと言うのは、よく知られていることだと思います。スキー関係だけではなく、熱海や箱根などの別荘地でも1980年代は活発なマンション建設が行われました。

(注:冒頭の写真は熱海のリゾートマンション群。中央はフジタ第二熱海マンション<1982年>で、藤田観光が会員制ホテルを併設。右隣はリゾーピア熱海<1983年>で、リゾートマンションを転用したリゾートトラストの会員制ホテル)

こうした中でリゾート会員権がどう変容していったかということなんですが、このパートのサブタイトル(「バブル崩壊が豪華路線を招いた」)にもありますが、このバブルの影響というのが歴史的には大事なところです。

今のリゾート会員権というのは、利用価値に特化したもので、儲かると思って買っている人はほとんどいない状況です。

東急ハーヴェストクラブの一部の会員権だけはちょっと例外で、軽井沢などでは分譲価格の倍くらいの価格で取引されている事例もありますが、極めて稀な例です。

(参考)2001年開業のこのホテルの場合、発売時の1口約500万円が20年後の現在も1,000万円程度で取引されている。 → 東急ハーヴェストクラブ旧軽井沢|募集概要

しかし、1980年代~90年代初頭のリゾートバブルの時代には、リゾート会員権が利用価値よりも投資価値に注目されていたという事実があります 。そのバブル景気に乗って、非常に大型のプロジェクトがこの会員権ビジネスに乗っかってくるわけです。

KASAの会として一番身近なのは「初島クラブ」です。今は「エクシブ初島クラブ」としてリゾートトラストの会員制ホテルになっている、熱海沖の初島にあるリゾートホテルは、当時、一口5,000万円という高額な会員権として販売されていたものです(1991年着工、1993年開業とWikipediaにはあるが1994年開業なのでは?)。

詳しくは僕が2005年に書いたブログ記事にありますが、初島クラブ(当時の社名は日本海洋計画)は、日本長期信用銀行の破綻に影響を与えるほどの大プロジェクトだったわけです(投資額は約500億円、長銀の融資額が360億円。なお、離宮シリーズ第一弾のエクシブ京都八瀬離宮の総事業費が約193億円)。

Photo by resortboy

(脱線:エクシブ初島クラブで一番バブリーな場所は、ここ ↑ だと思います)

同様のことは北海道拓殖銀行でも起きています。一番有名なのは、今「ザ・ウィンザーホテル洞爺リゾート&スパ」として営業しているホテルで、2008年にはサミット(第34回主要国首脳会議)がここで開かれたほどの、日本を代表するリゾートホテルです。

(参考)ザ・ウィンザーホテル洞爺【公式】 | 北海道の最高級リゾートホテル

ここを開発したのはカブトデコムという会社で、「ホテルエイペックス洞爺」という会員制リゾートホテルとして建てられました(1993年開業)。会員権価格は平均一口3,000万円であったようです。

(参考)バブルの象徴がまたひとつ…拓銀を潰したカブトデコムの正体

事業費は665億(未完の第2次計画も含めると1,000億)で、拓銀はこのプロジェクトを全面的に支援していて、子会社化までして、結局自らも破綻してしまいます。

拓銀関係でもう1つ挙げると、今は星野リゾートが運営していて会員権制度も存続している「アルファリゾート・トマム」があります。こちらも拓銀の破綻後に破産してしまいます。

(参考)トマム破綻、どう奇跡の再建?星野リゾートの驚異の手法

この後、こういったバブル期の豪華会員制ホテルが破綻した後にどうなっていったかという話をしていきますが、それを語る時に、2つの軸を意識しながら話を進めていきます。

現代のリゾート会員権を考えた時、先ほど申し上げたような「別荘」との対比で会員権を見ていく考え方がある一方で、「豪華ホテル」を利用する仕組みとして会員権を見るという、「2つの軸」があるということを、この勉強会にご参加いただいている皆さんとの対話を通じて理解できるようになりました。

例えば、熱海のホテルに設定された会員権をご利用の方がいますが、「(割高な)ホテルのレストランでは絶対に食事をしない」という信念のようなものをお持ちです。まさにリゾートマンション・別荘として利用をとらえているということだと思います。そのホテルを拠点としてそこから街に繰り出して、ホテルにはとにかく安く滞在することが会員権の価値だ、という考え方です。

一方で、シニア層のリタイア世代の方などはそうではなく、豪華ホテルとの対比軸で会員権というのをご覧になっていることが多いように思います。豪華なホテルに行って、温泉につかって、美味しい料理を食べて、というような、「高級旅館ホテル」とでも言うべきものに良さを見ていらっしゃる。そうなるとコスト比較する相手は、その近隣の高級旅館などになるでしょう。

現代のリゾート会員権の利用形態には、こういった2つの対称的な軸があるのですが、それらがどういう風に生まれてきたのかということについて、これから解説していきます。

(続き)リゾート会員権論 4「エクシブが起こした革命」

(参考文献)平成はなぜ失敗したのか(「失われた30年」の分析)
第1章:第1章 日本人は、バブル崩壊に気づかなかった|野口悠紀雄|note
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1 comment

  1. resortboyさん、連日の本格的レポートご苦労様です。
    懐かしいですね、映画「私をスキーに連れてって」。志賀高原焼額山?のロングコースを快適にダウンヒルし、志賀高原プリンスホテル?に泊まる。そんな夢のようなシーンの中、若い2人が偶然出会い、恋に落ちる。主演女優の原田知世は清楚でとても可愛いく、主演男優の三上博史のスキーはかっこよすぎる。(実際はプロスキーヤーの演技)私の青春もスキーと共にあり、何度もスキーに行きました。新婚旅行は北海道ニセコスキーでした。

    この映画公開の1987年は私が35歳の時でした。夏は北アルプスの登山、冬は志賀高原や白馬のスキー、そして春や秋は高原のペンションでテニス!小さな子供達(2人)を連れてワゴン車に乗って遠くまで出かけましたね。全く疲れ知らずで、今から思えば「ファミリー黄金時代」そして、日本経済絶頂の時代だったですね。

    その時代背景の影響をもろに受けて、山好きの私は八ヶ岳や蓼科山麓の「別荘」が欲しくてしかたがありませんでした。一方で、志賀高原プリンスホテル(南館)がファミリースキーの定宿になり、豪華ホテル滞在の快適さに魅了されました。結局、バブル崩壊の前(1983年)にマイホームを購入したので、巨大な住宅ローン返済の前に妻が別荘購入に大反対して、別荘は夢と終わりました。

    共働きで忙しかった私は結局、別荘もリゾートマンションもリゾート会員権も買わず、ひたすらローン返済に専念しました。これがその後の資産形成に非常に貢献しました。あの時、別荘買っていたら今の私の豊かな老後はありません。別荘購入に大反対してくれた妻に感謝感謝です。私は子育てが終わってから、2000年代の中頃から中古会員権を購入しリゾート生活を開始しました。おかげで低コストで豪華なリゾートホテルに長期滞在でき満足しております。(勉強会のリモート参加でした)

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