ブックホテルは時代の要請か

名古屋のホテルについての連載中ですが、今日は少し脱線して、宿泊特化型ホテル(ビジネスホテル)の新しい形態について考えてみたいと思います。これまで名古屋の高級ホテルをレビューしてきて、これからビジネスホテル系の話に移っていくのですが、なにしろビジネスホテルというのは出張がこれまでの大きな利用目的でしたから、今後はその目的を「ずらし」て、観光目的とともに、もっと個人の自発的、内省的な利用開拓に目を向けないと、未来はないと思うんですね。

そういった問題意識のもと、今年の2月に京都大学の招きで「ホテル利用学」に関する講演を行ったのですが(残念ながら東京からのオンライン参加でしたが)、そこでの話の出発点も「ホテルには利用者の内発的な動機付けを喚起する仕組みが必要だ」というものでした。

今回の名古屋ホテル調査出張も、その京大での研究活動として行ったものなので、いつも見ているような高級ホテルばかりではなく、コロナ禍後の何かヒントになるような事例も見てきたいと思っていました。

それで、伏見にある「ランプライトブックスホテル名古屋」というホテルを見てきました。冒頭の写真はそのホテルにあるブックカフェです。

(公式)BOOKS & CAFE|ランプライトブックスホテル名古屋

詳細は別記事でまた書きたいと思いますが、このホテルが標ぼうしている「本の世界を旅するためのホテル」という開発コンセプトは、僕が主張している「内発的な動機付け」として位置付けられるものであって、我が意を得たり、というか、非常に今日的なホテルであると思ったんですね。

このホテルを見てきていろいろ考えさせられることがありましたので、今日の記事ではそれらについて書き散らしてみたいと思います。

ひとつには「ブックホテル」というジャンルがこれから発展していくのかということ。2つ目はホテルにとっての「ラウンジ」のあり方。そして最後にホテルにおける「おひとりさま」利用について、といったようなことで、いずれも、けっこう大きなテーマかなと思っています。

例によって前置きが長いんですが、まずは「ブックホテル」(という言葉があるかどうかわかりませんが、ここでは書店や図書館のような要素が含まれたホテル、といった意味)について、これまでの取材経験も含めて書いてみます。

ブックホテルの諸事例

まず、ブックホテルとして世界的に有名なのは、台北にあるエスリテホテル(誠品行旅)だろうと思います。

Photo by resortboy

台湾で書店からスタートして複合的な文化企業体となった「誠品書店」が経営する唯一のホテルです。誠品書店は日本でやけに評価が高くて三井不動産が日本橋に誘致したりしていますが(誠品生活日本橋)、自分は商業施設としての誠品生活はそれほどいいとは思っていません。

(公式)誠品行旅|eslitehotel

ただ、エスリテホテルの存在感はやっぱりすごくて、本というものを価値観の最上位に置いてホテルを構成して成功させたというのは、誠品書店にしかできないことです。このホテルはスイートルームよりも格上のお部屋があるんですが、それはライブラリールームと言って、テーマごとに選ばれた書籍が本棚に並んでいる、という部屋なんですね。

日本でも「本の宿」的な小規模な特化型ホテルはいくつもありますが、50室を超えるような規模のものは珍しいと思います(ランプライトブックスホテル名古屋は70室)。ただし「まんが」として見れば、温浴施設の流れで一定規模の宿泊施設はけっこうある気がします。

いわゆる健康ランドや日帰り温泉のようなところには、まんが喫茶ばりに大量のコミックがあるケースがあります。そうした温浴施設には宿泊施設が併設されているケースもあるので、それらはブックホテルとは言えないけれど、コミックホテルと言ってもいいのかもしれないですね。

Photo by resortboy

(写真は宿泊併設ではありませんが、愛知県日進市にあった「湯楽」です。素晴らしい施設でしたが、残念なことに昨年閉館してしまいました)

また、かつてのリゾートホテルには、独立したライブラリー室があるケースが結構あったと思います。ぱっと思い付く範囲では、東急ハーヴェストクラブ箱根甲子園には立派なライブラリー室がありますし、またエクシブ初島クラブにも独立したスペースがあります。個人的に印象深いのは、学生の頃に利用した上高地帝国ホテルの図書室で、滞在時に天気が悪かったので、ずっと「巨人の星」か何かを読んでいた記憶があります。

最近の事例では、星野リゾートが手掛けるリゾナーレ八ヶ岳が思い浮かびます。ここにはかなり前(もう十数年前からだと思います)から、書店とカフェ、文具店が融合した施設があって、先進的でした。

Photo by resortboy

ただしここはあくまでカフェなので、流れとしてはTSUTAYAとスターバックスがコラボしたような、カフェ文化からの流れと理解する方がいいかもしれません。写真は昨年(2020年)のものなので、コロナ禍の影響でカフェの椅子が撤去されています(現在は元に戻っているみたいです)。

(公式)ブックス&カフェ | 星野リゾート リゾナーレ八ヶ岳

ブックホテルとラウンジ

さて、気付きの2つ目の「ラウンジのあり方」という点についてです。最近、多くの宿泊特化型のホテルで、ロビー階などにカフェを併設したり、セルフラウンジやコワーキングスペースみたいなものを作るケースを見かけるようになりました。そうしたスペースで仕事をしたり気分転換したりできれば、客室は狭くても構わないわけですから、これは不動産の利用効率としても都合がいいわけです。

脱線しますが、ビジネスホテルが大浴場を作るのも同じ理由ですね。利用者は広いお風呂に入りたいし、ホテル側は客室の浴室が使われなければ掃除がラクになるので、両者にとってメリットがあります。ホテルで仕事をするのが当たり前なビジネスホテルにとっては、共同仕事スペースは大浴場と同様の意義があるわけです。

このラウンジにブックホテル的な要素が加わると、とても快適になります。コワーキングスペースが併設されたホテルに宿泊して一気に仕事を済ませてしまおう!と思って利用した経験があるのですが、営業の電話を延々とかけている利用者がいたために、イマイチ仕事がはかどらなかったことがあります。ホテル側としてはそのスペースでの通話やWeb会議を禁じているわけではありませんし、仕事場として考えればむしろ自然なことです。ですが、ひとりで仕事をしたい向きにはそうした要素がない方がいい。

これがブックホテルであれば図書館と同じですから、みんな黙っているわけです。だから仕事もはかどります。ブックホテルであることで、静寂さが担保されるということの価値は大きいのではないかと思います。

ブックホテルとおひとりさま

Photo by resortboy

最後におひとりさま利用、という点について。僕がランプライトブックスホテル名古屋のブックカフェを利用したときには、僕以外のお客さんは、数名ですがすべて女性のおひとりさまでした。たまたまそうだったのかもしれませんが、考えてみれば上記のように会話をすることははばかられますから、おしゃべりを楽しみたいカップルは来ませんし(会話なしで通じ合える息のあったご夫婦などはいいかもしれません)、ここにいる人は基本「ぼっち」なわけです。

いわゆるサードプレイスとしてのカフェとは違って、声をかけたり出会いを楽しむコミュニティとしての要素はありません。そうした面倒な他人とのコミュニケーションが存在しないスペースというのは、今の時代に「必要」なものなのかもしれないな、とちょっと考えさせられたんですね。

ひとりになりたくてホテルに行くけれど、人の気配はあってほしい。でも干渉されたくないし、人と人がコミュニケーションを取っているのも見たくはない。そんなアンビバレントな感情を満たしてくれる場所なのかな、なんて思いました。女性のおひとりさまに支持されているというのは、そうしたホテルの特色に安心感を見出しているのかもしれないですね。

次回はそのランプライトブックスホテル名古屋についてもう少し詳しく見てみましょう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

😂 😍 🤣 😊 🙏 💕 😭 😘 👍 😅 👏 😁 🔥 💔 💖 😢 🤔 😆 🙄 💪 😉 👌 😔 😎 😇 🎉 😱 🌸 😋 💯 🙈 😒 🤭 👊 😊