
コレステロールと黒船 – 4
本連載は「旅を通して転移がんを克服した全記録」です。(編集担当:resortboy)
話をアメリカに戻します。米国では、従来から心筋梗塞の原因はLDLコレステロールだと考えられ、肉、卵、乳製品を避け、バターもマーガリンに代えるなどの取り組みが積極的に行われていました。そして、基準値以上の人にはコレステロール低下薬(スタチン類)を処方してきました。
2013年、米国新ガイドラインの衝撃
しかし、心筋梗塞の発症率は一向に下がらず、2013年、米国心臓病学会は従来のコレステロールの数値管理を見直し、新ガイドライン(2013 ACC/AHAガイドライン)を発表しました。
ACCはアメリカ心臓病学会(American College of Cardiology)、AHAはアメリカ心臓協会(The American Heart Association)です。
この新ガイドラインには驚くべき変革がありました。LDL-C あるいはnon-HDL-Cの管理目標値を設定し、それ以下に保つためにスタチンを使うという医療を、臨床的エビデンスがないとして放棄したのです。しかし、スタチンの使用を放棄したわけではなく、対象者を4群に分けて、スタチン治療を勧めています。
2014年に日本脂質栄養学会は、このアメリカ発の黒船の援軍を受け、次のように宣言しました。
日本動脈硬化学会および関連医学会は、完全に“はしご”を外されたかにみえる。修正版を出すかあるいは独自の路線を突き進むのか、速やかな対応が求められている。
ただし、日本脂質栄養学会は米国発の新ガイドラインに全面的に賛同しているわけでなく、スタチン使用を含めて多くの疑問点をあげています。そして最後に、次のように結んでいます(太線筆者)。
スタチンは単に心臓脳血管疾患の予防に効果がない、ということだけでは済まされない。数年の臨床試験では顕わにならなかった不可逆な有害作用が、長期的にはすべからくあらわれることは、これまでに明らかにされてきた生化学的な作用メカニズムから容易に予測できる。(略)これを機に、ミトコンドリア毒としてのスタチンの作用を見極め、多くの医療面でコレステロール低下医療の道を引き返す勇気が求められている。
(出典論文)奥山治美ら「<時論>米国発、新コレステロールガイドライン(2013 年)の衝撃」日本脂質栄養学会『脂質栄養学』第23巻, 第1号, 2014年.
日本動脈硬化学会の反応
米国ACC/AHAガイドラインを認めたら、今までやってきた日本のコレステロール治療は崩壊します。最も影響が大きい日本動脈硬化学会は、早速、次のような見解を出しました(太線筆者)。
今回のACC/AHA ガイドラインの特徴の一つは、脂質管理目標値を設定しないことである。LDL-Cの管理目標値を決定するに足るエビデンスは現状では十分ではないことに関しては我々も異論はなく、すでに動脈硬化性疾患予防ガイドライン2012年版でも20-30%のLDL-C低下を目標とすることも考慮すると記載されている。しかし日本の実臨床の場では管理目標値があったほうが治療しやすく、多くの実地臨床家がガイドラインを遵守し、またその目安を求めている。
(公式見解)ACC/AHAガイドラインに対する日本動脈硬化学会の見解(2014年2月1日)
驚きです。日本動脈硬化学会自ら「LDL-Cの管理目標値を決定するエビデンスはない」ことを認めています。
LDL-Cの上限を140mg/dlに設定して、それを超えたら「高コレステロール血症」として治療の対象にする医学的根拠はなかった。それにもかかわらず、「管理目標値があったほうが治療しやすいのでやっているだけ」である、と。
これを見て、私の日本動脈硬化学会への信頼は一気に崩壊しました。ガイドラインが、その程度の医学的認識で作られていたのかと。
上記の「ACC/AHAガイドラインに対する日本動脈硬化学会の見解」の最後は、次のように結ばれています。
本学会では、動脈硬化性疾患予防ガイドライン2012年版において推奨している診断・治療指針の修正・変更が必要との認識には至らなかった。今後も動脈硬化性疾患予防ガイドライン2012年版が臨床現場の指針となることを期待する。
日本動脈硬化学会はアメリカ発の新ガイドラインを否定していました。
当然ながら、各方面より批判があったようです。日本は明治維新以来、外圧(外国勢力)には弱い歴史を持っていますが、関係医学団体はコレステロール基準と治療については頑なに「何か」を守っているようです。
私は、医学系のガイドラインとは、「長年の研究と臨床で積み上げられた医学的エビデンスに基づき、現場の医療関係者が順守すべき規範や目標などを明文化し、医療行為に具体的な方向性を与えるもの」であると思っていました。
ところが、このコレステロール値の診断と治療については、ガイドラインに医学的エビデンスが存在していませんでした。それにも関わらず、昔から、そして現在でも、日本全国の医療現場で平然とこのガイドラインに従ったコレステロールの診断と治療が行われています。
これは理論物理学を学んだ私には許せないことです。私の正義感は、ムクムクと目覚めます。そこで現状を正しく知ろうと、日本動脈硬化学会が出版した「動脈硬化性疾患予防ガイドライン(2022年版)」を取り寄せて、じっくり読んでみることにしました。
そこには、とんでもないことが書かれていました。
彼らが作ったガイドラインには、LDL-Cの管理目標値を決定する明確なエビデンスがないだけではなく、日本人対象の大規模コホート研究がありながら、それを部分的に無視したり、自分の都合のいいようにデータを捏造さえしていました。
(続く)
【前回】第2-46回・コレステロールと黒船 – 3
本連載が単行本(紙の書籍)として刊行されました
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