コレステロールと黒船 – 1

「がん患者よ、旅に出よう!」は、トラベルライターの舟橋栄二さんによる連載です。早期退職でリゾートライフを満喫する日々の裏には、2度の手術を含めた「がん」との闘いがありました。「旅は生きる喜び。その喜びをがんに奪われたくない」
本連載は「旅を通して転移がんを克服した全記録」です。(編集担当:resortboy)

真実は、歴史をひも解くと、その姿が少しずつ見えてくるものですね。私はコレステロールの「深い闇」をさまよい歩いているうちに、アメリカの医薬業界で起こった前代未聞の薬害と、その後の医薬研究を規制する新法制定の歴史を知りました。その後の世界のコレステロール治療に、不可逆的変化をもたらした大事件です。

アンチエイジングの実践という観点からは少し遠回りになりますが、今回から、その経緯を紹介していきます。

バイオックス・スキャンダル

アメリカの巨大製薬企業メルク(Merck)は、胃炎などが起きにくい新型の消炎鎮痛剤「バイオックス」を開発しました。そして1999年の発売以来、米国内で約2000万人、世界80数カ国で約200万人に販売し、バイオックスは同社の「ドル箱」に成長しました。

(参考記事)ロフェコキシブ - Wikipedia

しかし、バイオックスを18カ月以上服用すると、心臓病などの発生リスクが高まる副作用が認められたため、同社は2004年9月末に自主回収を発表しました。バイオックスの服用により、多数の死者が出たようです。幸い、日本では未承認だったため、この薬は販売されませんでした。

2004年11月5日付の英医学誌、ランセット電子版に、スイスのベルン大学チームが「同薬の危険性は4年前(2000年時点)から明らかだった」とする分析結果を発表しました。同社の幹部が心臓への副作用を認識していた社内メールを4年前に同僚に送っていたこともわかり、メルク社が意図的な副作用隠しをしていた事実が判明しました。

(参考記事)米メルク・関節炎薬「危険性は4年前から明白」 スイスが指摘 - SWI swissinfo.ch

ここから、医薬業界や医薬行政を揺るがす大事件「バイオックス・スキャンダル」に発展しました。この薬害の被害者は、15万人~20万人に及ぶそうです。

FDA再生法

その後、メルク社はバイオックス・スキャンダルにより2万7000件以上の訴訟を抱えてしまいました。当初は全面的に争うつもりでしたが、メルク社は2007年11月、和解金48億5000万ドルを支払うことで原告側の大半と和解しました。

(参考記事)米メルク、バイオックス問題で和解 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News

しかしメルク社は和解について、責任を認めるものではないとの見解も同時に示したそうです。責任を認めたら殺人罪に問われるのでしょうか? 誰も責任を取りませんでした。薬害訴訟の責任追及の難しさを示しています。

アメリカでは、ユーザーフィー法(PDUFA:Prescription Drug User Fee Act)に基づく新薬の早期承認などが原因で、このバイオックス薬害などの問題が多発。「FDAは国民よりも製薬会社の方を向いて仕事をしている」という批判が高まった結果、2007年にFDA再生法(FDARA:FDA Revitalization Act)が成立しました(FDA=アメリカ食品医薬品局:Food and Drug Administration)。

このFDA再生法は、医薬品が開発され製品となり、やがては使われなくなるまでの全期間の安全性をFDAが監視し、必要な施策を企業に求める権限をFDAに与えたものです。

(参考記事)「FDA再生法2007」成立で医薬品安全性監視はどのように強化されたか? | 薬害オンブズパースン会議 Medwatcher Japan

同じ頃、EU(欧州連合)でも薬害問題が多発し、製薬会社や一部の研究者、及び医薬行政に対する批判が高まっていました。

その結果、生まれた新法によって、コレステロール治療、特にスタチン剤に対する評価は180度変わってしまうのです。

(続く)

【次回】第2-45回・コレステロールと黒船 – 2

【前回】第2-43回・コレステロールの嘘 – 4

本連載は、本サイトに掲載した舟橋栄二さんの記事から、がん闘病に関する回を再配信したものです。時期に関する記載は2023年現在のものです。

(本連載記事一覧)がん患者よ、旅に出よう!
(スペシャル対談)私のリゾートライフの全体マップ
(筆者ホームページ)舟橋栄二「第二の人生を豊かに」

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