8 comments

  1. 壮絶な死を経験し・・・あちらに帰られたお父様ことがあってのことだったんですね。
    お父様のことがあって今のfunasan-sanが、いらっしゃるのでしょう。お父様の最期のお姿はご家族に死とは・・・病とは・・・と考えるよう残されたメッセージだったのではないでしょうか。自分の病と闘う姿を見せて逝かれたお父様のお心とfunasan-sanの思いが伝わってじ-んときました。

  2. 父の死は今から30年くらい前のことでした。老人が少なく日本が勢いがあった1990年代です。病院・医者を全面的に信頼し、自宅で最期を迎えるのではなく、病院で死ぬ、という流れになっていました。父の死から本当に多くのことを学びました。苦しんだ父に感謝です。

  3. 私の父はすい臓がんで6年前に亡くなりました。80歳です。ヘビースモーカーでした。
    funasan-sanと時代の違いはありますが、あまり状況は変わっていない気がします。同じく終盤、呼吸器の話がありましたが、断りました。「自然にお願いします。痛みだけはとってあげてください」と。それまでいろいろ医療について関心がありましたので家族と相談のうえ、その判断となりました。医師もその時、うなづいていたのを覚えています。
    病院は治療を行うところなので、状態が悪くなればなるほど、治療を行おうとします。医師からは何となく、言葉には出さないサインが出ていた気がします。
    母から聞いた話ですが、近所の100歳超えのおばあさんが晴れの日、縁側でうとうとしていたのですが、娘さんが呼吸をしていないことに気が付き、救急車を呼びました。病院で蘇生されて戻られたのですが、想像するに、つらかっただろうと思いました。たぶん娘さんが気が付かれなかったらそのまま、安らかになくなられていたのではとも思いますが、気が付いたら私も救急車を呼んでしまします。
    常日頃から、家族との会話が大切に感じています。長文失礼しました。

  4. うららさん、心にこもるコメント、ありがとうございました。30年前にもどることができたら、私もうららさんと同じようにするでしょうね。

    最近では在宅による緩和ケアが進んできていますので、これを利用すれば「自宅で安らかな最期を迎える」ことが以前より負担なくできそうです。

    しかし、超高齢な(90歳~?)親の場合はともかく、まだ若い(70歳~)自分の場合はどうするのか?という大問題が出てきます。誰だって死にたくないので、ヤバくなった時、病院に頼ります。病院は救いです。

    でも、病院で治ればいいですが、治らない場合もでてきますね。いつまで治療を続けるのか?いつ治療をやめ、緩和ケアに移行するのか?うららさんが書かれているように「常日頃から、家族との会話が大切」ですね。

    蛇足ですが、Kさん、うららさん、そして、皆様、私を「funasan-san」と呼ぶのは面倒なので、今後は「funasan」で十分です。よろしくお願いします。

  5. 私は9年前に父を肺がんで亡くしました。
    大学を卒業して社会人になり、さぁこれから親孝行するぞと思っていたので今でも無念でなりません。
    肺がん自体は数年前に発覚しており、手術と化学療法をおこなっていたのですが、運悪く再発となってしまいました。手術で摘出不可、化学療法も効果がなく、今後どうするか家族で色々悩んだ末、父の意向を尊重し、チューブ類を一切通さず酸素ボンベのみで自宅で療養することになりました。母と姉との3人交代で看病したことは今でも覚えています。当時仕事も忙しく家に帰ってからは父の看病と休む暇がなく正直辛かったです。しかしながら毎日マッサージをしたり、昔話をしたりと父との最期の時間は今の私にとって大きな宝物です。
    今では二児の父親として、父から受けた愛情以上のものを子供に与えようと日々仕事に家事に専念しておひます。最近、親への感謝、子供への奉仕の心を忘れかけていた時にこの記事を拝読し、自分のすべきことを再認識することができました。
    感謝申し上げます。
    長々と失礼しました。

  6. たかすぬさん、心にググっとくるお話ありがとうございました。
    察するに、ガンが再発し「治療不可」と医者から宣告された当時のお父様は、まだ、それほど高齢ではなかったのでは?「父の意向を尊重し」とありますが、よく、お父様は決断されましたね。70歳になっても私はまだ命に未練があり、「潔く死ぬ覚悟」はありません。
    また、このとてつもなく深くて暗い話題をお父様と一緒に家族でしっかり話ができた、たかすぬさんご一家は素晴らしいですね。しかも、家族全員の必死のサポートで、自宅でお父様の最期を看取ったと。とても真似できそうもありません。ありがとうございました。

  7. 今月に入ってから父を亡くしました。
    色々な条件が重なった結果ではありましたが、最期は先生より自宅療養を勧めて頂けました。
    体力があるうちに自宅に帰ったほうが良いという判断でした。
    葬式も終わり、今ではその判断にとても感謝しています。

    コロナ禍により面会が出来ない事。在宅医療が充実してきた事で、医師も勧めやすくなっているようです。

    ただ、父本人が延命治療を望まず、覚悟をした上で話をしてくれたことが最も大きかったと思い返しています。
    今まさに片付けに追われていますが、遺言のようなエクセルデータに全てが纏めてあり、最終判断は一任するという締めに涙がとまりませんでした。

    今回は、相続手続きを調べている最中に記事を発見をし、ついつい読み込んでしまいました。
    誰もが最期に必ず迎える重大問題であり、自分自身、更には大切な人のためにも時間を割くべき話なのだと再認識する機会になり、目標であった父の人物像を、もうちょっと、少し細かくイメージすることも出来たと思います。
    ありがとうございました。

  8. rsさん、貴重なお話、ありがとうございました。それにしても時代は変わってきましたね。お医者様より「最期は自宅療養」を勧めてくれるとは‥。また、在宅医療の充実も大きいですね。

    でも、一番大事なことは、「お父様本人が延命治療を望まず、覚悟をした上で」家族に話されたことですね。さらに、エクセルに遺言をしたためるとは‥。立派なお父様です。お父様の希望に沿って(病院まかせにせず)在宅死を引き受けたrsさんのご家族も素晴らしいです。家族の結束がなければできません。

    rsさんのご指摘の通り、死の問題は「誰もが最期に必ず迎える重大問題であり、自分自身、更には大切な人のためにも時間を割くべき話」ですね。若かったり、健康だったりすると「死の問題」は全く関係なく、どこかに飛んでってしまっています。そして、突然、自分や家族が、「死」に直面した時、動揺し、混乱する。

    funasanのアンチエイジング日記を書きながら、ふと思いました。どうやらこの日記は「自分の最期」を作り上げる日記だ、と。極めて個人的な日記ですが、死なない人はいないので、この日記が少しでも皆様のお役に立てれば幸いです。

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