私は夏の暑さが苦手で、いつもエアコンの効いた涼しい部屋で、コーヒー片手に甘いクッキーを食べながらパソコンをするのが至福の時でした。今でもそうです。
旅行記や本の執筆に夢中になってくると、息を凝らしてキーボードを叩いています。ふと気が付くと、「息をしていないな~」と感じる時もあります。
私と同じように涼しい部屋でパソコンに向かって仕事をしている人も多いと思いますが、実はこの「低体温」「低酸素」「高糖質」は、がん細胞が最も喜ぶ環境だったんですね。
前回のfunasan日記(第14回)で体温発生のメカニズムを書きましたが、今回は、食べた物が消化吸収され熱エネルギーに変換される「代謝」についてです。ちょっと難しいですが、がん細胞の本質に迫るために、栄養と代謝のお勉強をしてみたいと思います。
私は次の本から多くを学びました。
「がん」では死なない「がん患者」 栄養障害が寿命を縮める(東口高志、光文社新書、2016年5月)
糖代謝のメカニズムは非常に難しいのですが、がん増殖の核心に迫るために、上記の本のP34~P46を参考に、以下、要点をまとめました。
ヒトのエネルギー生産の仕組み
体内のエネルギーの元はアデノシン三リン酸(ATP)です。ATPは心筋や骨格筋などの筋肉が収縮するエネルギーとして使われます。ATP分解酵素によってATPが加水分解するとアデノシン二リン酸(ADP)になり、この時、エネルギーが放出されます。
食事をすると食物内の糖質は体内の消化酵素によって代謝されブドウ糖になります。このブドウ糖は血流に乗って全身を巡り、すい臓から分泌されたインスリンの働きで細胞内に取り込まれます。
細胞内に入ったブドウ糖1分子は代謝されてピルビン酸になり、2分子のATPが生産されます。この過程を解糖系と呼びますが、酸素が不足すると、さらに解糖が進みピルビン酸が乳酸に変わります。これが嫌気性解糖です。
ブドウ糖1分子で2分子のATPしか作れませんので、効率が悪いです。しかし、瞬時にエネルギーを供給するので、燃料の糖質をどんどん燃やして(糖質を爆食いして)ATPを作っていきます。燃費は悪いが瞬発力のあるエンジンです。
この解糖系によって30~60秒程度の最大限の筋収縮が可能で、運動では、無酸素系の短距離走や筋肉肥大を目指す筋トレに相当します。解糖系の特徴は「低酸素・低体温・高糖質」です。
(画像出典:Wikipedia。copyright:Fvasconcellos、RegisFrey、ふわふわ)
一方、酸素が十分にあると解糖系で作られたピルビン酸は細胞内のミトコンドリアに取り込まれます。そして、TCAサイクル(クエン酸回路)に入り2分子のATPが、さらに電子伝達系で34分子のATPが生産され、合計36分子ものATPがミトコンドリア内で生産されます。これが好気性解糖です。
ただし、この時、体内にビタミンB1とコエンザイムQ10が十分にないと、効率よく好気性解糖ができません。
ミトコンドリア系は瞬間的なエネルギー供給ができない代わりに、解糖系の18倍ものATPが生産され、少ない糖質で多くのエネルギーが持続的に供給されます。
運動ではジョギング、自転車、水泳など、有酸素運動に相当します。ミトコンドリア系の特徴は「高酸素・高体温・低糖質」です。
私説「がん勝利の方程式」
さて、前置きが長くなりましたが、ここからが本論です。実は、がん細胞は酸素があっても嫌気性解糖をするのです。この理由はまだよく分かっていないそうです。
上記書籍のP45からの引用です。
がん細胞では嫌気性解糖で乳酸が作られます。作られた乳酸は肝臓に入り代謝されてブドウ糖に戻りますが、このとき6ATPのエネルギーを消費します。つまり、解糖系で2ATPのエネルギーを生んでも、できた乳酸をブドウ糖に戻すために6ATPを必要とします。この回復機構を「コリサイクル」といいますが、この機構にも限界があります。疲労物質である乳酸が溜まるうえに、エネルギーもマイナスになり、身体がだるくなるのです。
恐いですね。がん細胞は分裂が激しく、糖質を爆食いしてどんどん増殖していきます 1。がん患者のエネルギー収支はマイナスになり、身体がだるくなります。さらに、がん細胞はサイトカインなどを放出して、筋肉のタンパク質や脂肪の分解を加速させるそうです。がん患者は急速にやせていき、最後には動けなくなります。これが、がん増殖のロジックです。
私はPET検査で甲状腺がんが見つかったのですが、PET検査は糖質が大好きというがんの性質を利用しています。
ブドウ糖にごく微量の放射線を出す薬剤(FDG)を患者に注射し、PETカメラでFDGの全身分布を撮影します。がんは糖質が大好きなので、FDGの集積された画像を分析すればがん発見につながります。
私は大学院で理論物理を学びましたので、物事の本質を追求し、問題解決に向けて「定式化」するのが好きです。以上の考察をまとめて、無謀にも「がん勝利の方程式」を導き出しましたのでご紹介します(あくまでも素人の勝手な定式化ですのでお許しください)。
がん細胞は糖質を爆食いして解糖系エネルギー生産をしています。正常細胞は酸素を使ってミトコンドリア系エネルギー生産をしています。この時、ビタミンB1とコエンザイムQ10が必要です。ここから、がんとの闘いに勝利する簡単な方程式が出てきます。
敵を「兵糧攻め」にし、味方には大量の物資(酸素)を輸送し、効率よく(ビタミンB1・コエンザイムQ10)任務を遂行させます。これは戦(いくさ)の正攻法です。
ここから「糖質制限」という大きなテーマが浮上してきます。
知って衝撃「白米1杯=角砂糖19個」
では、そもそも糖質とは何なのか?
がんの大好きな糖質を我々はどのくらい摂取しているのでしょうか? 私は、栄養・代謝の勉強をして本当に驚きました。まさに、目からうろこでした。
糖質とは炭水化物から食物繊維を除いたものです。でんぷんやオリゴ糖などの多糖類、砂糖や乳糖などの二糖類、ブドウ糖や果糖などの単糖類があります。砂糖はショ糖とも呼ばれ、ブドウ糖と果糖が合わさったものです。
ご飯、パン、麺類に含まれる糖質(でんぷん)は分解されてブドウ糖になり、エネルギー源として全身の細胞で使われます。甘い砂糖は体内でブドウ糖と果糖に分解されます。ご飯は甘くないですが、体内に入れば砂糖と同じブドウ糖になります。ここが大事ですね。乱暴に言えば、「白米=砂糖」と思えばいいです。
厚生労働省「日本食品標準成分表2020年版(八訂)」によると、茶碗1杯のご飯(150g)の糖質量は約57gです。以下の写真のミニ角砂糖1つの糖質は約3gですから、茶碗1杯のご飯を食べただけで角砂糖19個分に相当する糖質を摂取していることになります。
例えば、主食として「朝食に6枚切り食パン1枚」「昼食にパスタ」「夕食にご飯1杯」を食べたとします。別に無茶な食事ではありません。ご飯やパンのおかわりはなしですから、むしろ控えめな主食でしょう。
それでも1日合計の糖質量は約145gになります。これを上記の角砂糖に換算すると、何と48個分にもなります。しかも、ここには食後のデザートや甘いおやつが入っていません!
これは驚きの事実ですね。スイーツゼロの禁欲的生活をしても、3度の食事に主食の炭水化物を取ると角砂糖48個分の糖質になるのです。セブンイレブンのどら焼き1個の中に糖質54g(角砂糖18個)が含まれていますので、これを含めると角砂糖66個分にもなります。
私はご飯、パン、麺類、そして甘いものが大好きで、今まで無自覚的に食べてきました。毎日せっせと、大量の糖質を食べ「がんを助けていた」のですね。これではがんの暴走を止めることはできません。食の大変革が必要です。
古川健司氏のケトン食によるがん治療
「なぜ、現代がん治療は末期がん患者を治せないのか?」
これは昔から思っていた私の疑念です。この私の疑念に部分的に答えてくれる本を見つけました。
ケトン食ががんを消す (古川健司、光文社新書、2016年10月)
著者の古川健司氏は北陸先端科学技術大学院大学の教授で、代謝や内分泌学が専門です。
彼はがんの支持療法として「免疫栄養ケトン食」を提唱し、臨床研究で末期がん患者の病勢コントロール率が83%であったとしています。標準治療では困難になった末期がん患者さんを研究対象にしたところに、私は大いに興味を持ちました。
彼のがん治療は、糖質を極限まで制限し、がん細胞を兵糧攻めにする戦法でした。ポイントは以下です。
・がん細胞は正常細胞の3~8倍ものブドウ糖を取り込む
・糖質の摂取を可能な限りゼロに近づける
・がん細胞も、栄養を絶たれれば死に至る
・がん細胞だけを弱らせ、正常細胞を元気にする
・免疫栄養ケトン食はがんを根治へと導く
・総ケトン体指数が一定以上の数値になると、がんが消える
彼はその後、さらに臨床研究をすすめ、末期がんを寛解させるための切り札として「ビタミンD」に行きつきます。そして、末期がん患者にビタミンDを大量投与して、ケトン食と組み合わせることで成果を上げたとして、下記の書籍を著しています。
ビタミンDとケトン食 最強のがん治療(古川健司、光文社新書、2019年9月)
ビタミンB1・コエンザイムQ10・ビタミンD、これらはがん治療のみならず、アンチエイジングに大きな役割を果たす可能性があり、別の記事として再度、取り上げたいと思います。
次回は「糖質制限」です。
(続き)第16回・ケトン体回路を起動せよ!
(前回)第14回・低体温だった私の「体温アップ大作戦」
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(編集部注)糖質とがん細胞との関係については諸説あり、本記事とは異なる主張として以下の記事を紹介しておきます。糖質はがん細胞のエサ?誤解が多い「がん治療中に相応しい食事」| JBpress ↩︎