中東戦争と日本 – 1

2026年4月7日、トランプ大統領が「イランとの間で2週間の停戦に合意した」とSNSに投稿した日の夜、日経平均先物は急伸。翌8日の終値は前日比2,878円高という「停戦ラリー」が演じられました。

船は来ない

しかし市場が沸いた同じ頃、別のニュースが静かに流れていました。米国とイランの直接協議は合意に達することなく終了した、と。2週間の停戦はあくまで交渉の猶予期間であり、恒久的な解決は何も決まっていません。

そして仮に停戦が恒久化されたとしても、日本に原油が届くようになるまでには、最短7カ月から最長18カ月の空白が生じます。理由は武力ではありません。「保険」です。

金融が封鎖した

3月5日、再保険大手が中東航路の引き受けを事実上拒否しました。その結果、タンカー1隻あたりの保険料は平時の200万円から最大10億円へと500倍に暴騰。民間の船主が採算上の理由から、自主的に船を止めている状態です。

これは1973年の石油危機とは本質的に異なります。あのときは産油国が政治的に禁輸を決定しました。今回は金融市場が封鎖の引き金を引きました。タンカーが止まっているのは、敵対国の命令ではなく、ロンドンとチューリッヒの再保険会社のリスク計算の結果です。

保険が正常化するためには、停戦合意だけでは不十分です。機雷の完全掃海、その後数カ月の無事故実績の積み上げ、そして欧州金融規制(ソルベンシーII)のもとで保険会社が「安全」と再認定すること——この手順を踏んで初めてタンカーが動き出します。

停戦が今日成立したとしても、最短7カ月、標準的には12カ月以上の空白は不可避です。

備蓄

日本はどのくらい持ちこたえられるのでしょう。

2026年1月末現在の日本の石油備蓄は官民合わせて約248日分、7,289万キロリットルです。数字だけ見れば「まだ8カ月分ある」と安堵したくなりますが、現実はすでに動いています。

経済産業省は3月16日に国家備蓄の第1弾放出を開始し、4月15日には約20日分の第2弾放出を決定しました 。日本は今後IEAに協調放出を要請する方針で、すでに使える備蓄は合計約50日分が消費または放出予定となっています。

その間、製油所の稼働率は4月4日時点で67.7%まで低下。中東産軽質油の代替として米国産・アラスカ産原油が調達されていますが、これらは「重質油」です。日本の製油所は中東産の軽質油に最適化されており、重質油に切り替えると軽油・ナフサの生産効率が劇的に低下します。量と質、双方で壁に突き当たっています。

ヘリウム

2026年3月2日、イランによるカタールのラス・ラファン工業都市へのドローン攻撃で、国営企業QatarEnergyがフォースマジュール(不可抗力)を宣言しました。3月18日から19日にかけての追加ミサイル攻撃でLNG主力生産ライン2本が損傷し、LNG生産能力は17%減少しました。復旧には3〜5年を要するとカタールエナジーのアルカービCEO自身が明言しています。

LNGの副産物として生産されるヘリウムも、同時に止まりました。世界のヘリウム供給の約3割を担うカタールの生産が止まったことで、産業ガス大手エアガス社は半導体向けヘリウム供給の50%削減を宣言し、カタールエナジーは最長5年の長期納入不能を表明しています。

ヘリウム途絶、在庫切れへの秒読み

液体ヘリウムはマイナス269度でしか存在できません。どれほど優れたタンクでも、1日あたり0.5〜1.0%ずつ蒸発し続けます。3月2日の供給停止から計算すれば、在庫寿命は最大48日。4月中旬から下旬にかけて在庫は物理的に空になります。

沈黙

3月19日以降、カタールヘリウムに関する企業からの新しい発表はほぼありません。しかしこの沈黙は、「状況が落ち着いた」と読み解くのは危険です。

供給側の企業が「大丈夫」と約束して届けられなければ巨額の契約違反。需要側の半導体メーカーが「困っている」と公表すれば市場パニック。

双方が黙ることには合理的な理由があります。東洋経済オンラインも3月24日の報道で「ホルムズ封鎖で半導体用ヘリウムに供給ショック」と指摘していますが 、その後の続報は出ていません。沈黙は解決の証拠ではなく、言えないことがあるという証拠です。

(続きます)

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