GWを前にした今週、公式メルマガや公式サービスサイトに、一枚のバナーが掲出されました。黄緑のポップな背景に、丸くトリミングされたお寿司・フルーツ・ステーキの写真。そして中央にはフォークを握った子どものイラストです。
「初夏のディナーブッフェ Kids Special」——そのビジュアルはファミレスやコンビニの季節メニュー告知と見分けがつきません。内容は、ディナーブッフェが小学生以下無料。
閑散期のキャンペーンではありません。通年で料金が基本的に同じである会員制ホテルの書き入れ時であるGWや土曜日にわざわざ割引を行い、子ども連れを引き入れて稼働を上げようという、「全ホテル対象の奇妙な大キャンペーン」です。
問題は、これが数千万円の会員権を「完全会員制」のラグジュアリーリゾートとして販売している企業の、公式コミュニケーションであるという事実です。
ブランド不在
会員制ホテルは不動産分譲を伴う契約ごとですが、ブランドとは約束ではなく文脈です。
「我々は何者で、誰に何を提供しているのか」という問いへの、組織全体を貫く一貫した答えを会社として体現することです。
この会社は契約を破ったりはしません(当たり前)。約束を破るような悪質な当事者は、破ったことを認識していますが、ブランドコンテクストの破綻は、そもそも何かが壊れていることすら当事者は気づいていません。
怖いのは、まさにその点です。彼らはあのバナーを掲出したとき、何一つ悪いことをしたとは思っていないはずです。
バナーのビジュアルが端的に語っています。このトンマナはニラックスあたりの格安ブッフェチェーンのデザインとまったく区別がつきません。
それに、このバナーが掲示されている公式サイトには、リゾートトラストの会員制全ホテル(日光は除く)の子ども無料日カレンダーまでがまとめて掲載されています。本当のラグジュアリーホテル(フォーシーズンズやアマンなど)が子ども無料スケジュール表をカレンダーで公開することはありえません。
初夏のディナーブッフェ「Kids Special」|おすすめ情報|ホテル|リゾートトラストグループ サービスサイト
ブランドを守ることは、「自分たちが何者であるか」への確信です。確信があれば、担当者は無意識のうちにそのバナーを「あり得ない」と判断します。確信がなければ、何も問題に見えません。リゾートトラストで起きているのは、後者です。
論理の並走
リゾートトラストの会員権販売部門は「特別な空間へのステータス」を売り、施設運営部門は「稼働率と営業効率」を追い、マーケティング部門は「ファミリー層への季節感訴求」をデザインします。それぞれの部門はそれぞれの論理の中で、何も間違ったことをしていません。
しかし同じブランドの傘の下で、それらは互いのコンテクストを参照せずに、勝手に動いています。Kids Specialのバナーを承認した担当は、会員権を売った営業担当とも、ブランドの世界観を決定づける会社のメインデザイナーとも、まったく連携していません。あのバナーは、その断絶の証拠です。
最新のホテルまで
エクシブというブランドは、もう40年にもなろうというものですから、古いホテルの運営方針変更は理解できるし、必要なものです。老朽化して会員が死んだりして来なくなった施設を賑やかに保つために、子ども向けイベントや縁日、ファミリー向け企画を展開することには、大いなる意義があります。
このオールドエクシブ活性化という文脈の中であれば、ポップなバナーも、Kids Specialも、理解の余地があります。
しかし今回の施策を見ると、対象は古いエクシブだけではないのです、サンクチュアリコートもベイコート倶楽部も、同社が最高峰として位置づける最新のホテルまでが、同じファミレスバナー施策の中に組み込まれています。
これはホテルのライフサイクルに応じたリポジショニングの結果などではなく、単にグループ全体の稼働を底上げするための、構造的な動員施策です。
その手段として選ばれたのが、法人福利厚生契約を通じた「実質的な一般客」。つまりファミリー層の誘導でした。
動物園
こうした構造が積み重なると、現場で何が起きるかは想像に難くありません。縁日イベントが開かれ、子どもたちがロビーを走り回り、ラウンジは運動会のような様相を呈します。
数千万円の会員権を持ったオーナー会員が、静かな夕食を求めてレストランに向かったとき、そのすぐ横にあるのはKids Specialの喧騒です。
動物園という言葉を使う人がよくいますが、これは侮蔑的というよりも、コンテクストを失ったブランドが必然的に行き着く場所の、率直な描写です。
普通のラグジュアリーブランドなら、キャンペーンを打つときでさえブランドのコンテクストを手放しません。その当たり前の確信が、少なくともオペレーションのレベルにおいて、リゾートトラストには存在しません。
これが世間でこの会社の会員が揶揄される、最大の原因です。ブランドという尊敬や矜持、確信がそもそもここにないからです。リゾートで楽しむ様子をひけらかす人たちが裸の王様に見立てられるのは、これが原因なんです。
解放の設計
その構造は、Kids Specialのスケジュールを丁寧に読むと、より鮮明に浮かび上がります。
横浜ベイコート倶楽部は、一般客も受け入れるハイブリッド型という事情から、子ども無料の日(カレンダーの★)が一切ありません。一般客が埋めてくれる席をわざわざ無料で提供する必要がないという、純粋に収益的な判断です。
一方、東京ベイコート倶楽部は完全会員制でありながら、GW期間中は連日★にしています。他のリゾートが満室になるGWに「行き場のない会員」を都市型の最高峰へ誘導するというのは、誰がどう考えても支離滅裂です。オーバーフロー吸収の役割として最高級ブランドが機能させられるというのは、僕が長く見てきたこの会社の倒錯において、最大級のものです。
エクシブ系の離宮に目を向けると、土曜日は通常設定のまま維持され、★は金曜と日曜に置かれています。土曜はもともと埋まるため割引の必要がなく、稼働が落ちる平日の底上げを図るというリゾート型施設の需給特性に合わせた設計ですが、これは静かな平日を週末にからめて楽しみたいという、「エクシブ会員最後の希望」を打ち砕く、残酷なものです。
ただでさえ、離宮は予約が取りにくいですから、もう会員は、火~木に行くしかないですね。サンクチュアリコートも離宮と同じような設計です。
これに対してベイコートは土曜に★を集中させています。理由はそれほど人気がないから、土曜日も空いているからですね。
このように、会社全体で最新鋭ホテルまでが同じ稼働底上げの論理の中に並んでいるという事実。これはブランド施策が一切なく、運営収益を最大化するための、統一されたイールドマネジメントであることを示しています。
「完全会員制」という言葉の傘の下で、彼らがしていることは、航空会社の座席管理と本質的に変わりません。この会社独特の、そして非常に奇妙なコンテクストです。
見失った
「高級感の演出に失敗した」という話ではありません。それよりも根深い問題です。リゾートトラストは今、自分たちが何を売っているのかというコンテクストそのものを見失いつつあります。
会員権販売、施設運営、マーケティングがどれも「がんばっている」結果として、ブランドコンテクストが崩壊しました。
数千万円という価格帯は、顧客に「それだけのコンテクストがあるはずだ」という期待を抱かせます。その期待の高さは、ファミレス風バナーやロビーの喧騒との落差を深めます。
そしてそれは悪意の産物ではなく、組織が誠実に動いた結果です。悪意があれば修正できます。しかしコンテクストの不在は、組織がそれを問題だと認識しない限り、何も変わりません。


