前回に引き続き、安比高原の開発についてです。今回は筆者だけでなく、編集のresortboyさんにも記事にご参加いただきます。このリゾートは、基本的に全てが1室単位でのホテルコンドミニアム方式での分譲であり、ホテルとして貸し出すことが前提の「ペイバック型会員権」とも言える開発形態でした。開発当時の状況についての調査については筆者の手にあまるため、加筆をお願いした次第です。
史上最大のホテルコンドミニアム分譲
安比高原は、前回で紹介したような数次に渡る壮大な開発プロジェクトであり、その全体は、今まさにリゾマン販売の主流となっているホテルコンドミニアム 1 です。
バブル崩壊後に3棟ものリゾマンを売り切れたのは 2、このペイバックに助けられたものだったわけです。おそらくそれは「節税」というニンジンをぶら下げてのものだったかもしれません 3。しかし安比高原は、複数の税務訴訟を通じて「リゾート節税」の敗北を今に伝える、墓碑銘となりました。
このホテル分譲方式による最古の大型施設は、このシーズン2のどこかで登場する「リステル猪苗代」と「リステル浜名湖」です 4。筆者はリステル猪苗代のオーナーであったこともあり、「源流」についてはその施設の回で詳述したいと思いますが、安比高原の方がはるかにスケールが大きく、注目に値します。
以下ではまず、resorboyさんに開発当初の様子を伝えていただき、続いて筆者がIHG傘下となった現況について宿泊レポートの形でお送りします。そして記事の末尾では、resortboyさんによる税務訴訟の話をお届けします。
コラム1:盛岡グランドホテルアネックス分譲
resortboyです。この段も含め、見出しに「コラム」とあるのは僕の担当分になります。ではまず、安比高原の分譲開発の基礎データを、開発初期に絞ってお伝えします。
過去も現在も、安比高原の開発・運営を手掛けているのは「岩手ホテルアンドリゾート」という企業です 5。この会社は1965年に「盛岡グランドホテル」を開業したことにはじまり、その後1980年にリクルートが主軸となって作られた第三セクター「安比総合開発」ができ、2000年に2つの会社が合併して岩手ホテルアンドリゾートとなりました。
安比開発に先立って、以下のようなことがあったことを記録しておきます。それは、盛岡グランドホテルは別館(アネックス)を、分譲ホテルとして建設したという事実です。発売は1983年、開業は1984年です。
当時すでに盛岡グランドホテルを運営する岩手観光ホテルはリクルート傘下にありました。分譲価格は1口2,000万円。売上高はホテルとオーナーが折半。計画では年間115万円の配当が得られると謳われていました 6。
これはよく売れたようですが 7、後日の雑誌記事によれば「開業以来、一年間の配当金はオーナー一人あたり月平均5万円ほどで、当初見込みの半分という惨たんたる結果に終わった」8 と、収益は不調であったと記録されています。
この盛岡グランドホテルアネックスは、東京新宿の「新宿ワシントンホテル新館」ではシステムが改良されて成功を収め 3、また裁判で詐欺として認定された「シャトレーイン」の高野敏男商店など 9、バブル崩壊の時までブームであった投資ホテルの嚆矢となるものです。
コラム2:安比グランド、最高価格6,500万円
話を安比高原に移します。岩手観光ホテルは、この盛岡グランドホテルアネックスの分譲経験を踏まえ、ホテル安比グランドについても同様の1室単位で分譲し、オーナーに販売することで初期投資を早期回収することとします。
システムには多少の改良が加えられました。オーナーが利用しないときに客室を販売して、その売上の半分をペイバックするという基本部分は同じですが、リゾート地らしく、リフト無料やゴルフクラブ 10 の会員料金優待などがありました。
分譲対象はホテル安比グランドの244室のすべてで、分譲価格はツインの一番小さいタイプで1,500万、スイートやメゾネットだと4,000万台が中心で、もっとも大きいデラックススイートは6,500万でした 11。
こうしてオーナーに全部を分譲してしまった安比グランドが、現在IHGブランドとして運営されていることには、驚きを禁じえません。
ここで一度、マイクをzukisansuさんにお返しします。
リクルートが撤退して
リクルートから加森観光に運営が変わってから、ペイバックがどうなったのか、ということについては、個々の所有者との契約に依るものですので筆者は調べる術を持ちませんが、信用ある大手企業の幕引きであって、特にトラブルは聞こえてきません。
ただネット上で確認できることとして、所有者のグループ団体が立ち上がっていることが挙げられます。その団体のWebサイトでは、オーナーを集めた団体を介したホテル(リゾマン)の貸し出しが公然と行われています 12。
このことは、加森観光からさらに変更となって、岩手ホテルアンドリゾートが現在の中国系資本となっても変わりません。所有者なのだから当然、という部分はありますが、国際的ホテルである同じ建物の部屋が、何倍もの違う価格で公式ルートと直接ルートとで販売されていることには、不思議な感じを覚えます。
推測にすぎませんが、運営元企業にお任せのホテルコンド所有者と、それに同意しない所有者のグループに分かれて、現行のペイバックや賃貸システムができ上がっているのでしょう。
IHGとして滞在
そして現在の話です。2021年4月、安比高原のホテル全体がインターコンチネンタルホテルズグループ(IHG)とフランチャイズ契約を結びます。そして、同年12月16日、それぞれのホテルがリブランドを行いました。
ホテル安比グランドを「ANAクラウンプラザリゾート」、コンドミニアムだった安比ヒルズ白樺の森と安比高原温泉ホテルは「ANAホリデイ・インリゾート」となり、追いかけるように2022年2月、ゲレンデに近いエリアに、新規に低層の高級ホテル「ANAインターコンチネンタルリゾート」を開業しています。
リゾート内には、海外のインターナショナルスクールを誘致するなど、通年の魅力造りにも取り組んでいるようです 13。
筆者は、ホテル群がIHGのグループに入って時間が経過し、落ち着いたと思われる頃、安比グランドタワー(現ANAクラウンプラザリゾート)に宿泊しました。ロビーなどは大幅に改修されていました。かつてのデザインが失われたことを嘆く意見もあるようですが 14、表向きの派手な印象は、バブル期からの輝きを失っていないように思いました。
ガラ権施設らしく、部屋の広さもたっぷりで、温泉でもゆっくりできました 15。
繰り返されるペイバックリゾート
しかし以上で書いてきた通り、本宿泊施設の全ては、一室分譲型のガラ権をルーツとしています。そして現在も、それらの各部屋自体はリゾートマンションとして、一般市場において低価格で取引されています。
IHGブランドの高級リゾートが、実際にはこのような価格であるということが現実の一面です。
リゾートには季節要因もあり、安定したペイバックは期待できません。高い管理費や経年劣化に伴う改修費の増加、固定資産税などの租税公課の負担もあります。分譲ホテルの場合、ロッカーなどがあるとはいえ、自分の荷物を自由に置いてはおけません。
わずかな賃料、使いづらいスペース、年を追って迫り来る修繕費、再販の見込みのない負動産。これらは、ペイバック式ガラ権の宿命です。
ガラ権連載では、すでにペイバック式の問題を多数取り上げてきましたが、今回はその最大の超大型物件を紹介しました。
筆者の滞在は非常に快適でしたが、このようなペイバック式ガラ権的宿泊施設が、40年の時を経て復活してきていることには、危機感を覚えます。日本が衰退し、このような大型リゾートの開発はできなくなり、その結果、リゾートマンションの販売手法としてだけでなく、得体の知れない「高級別荘」を共有で売りさばく「新ガラ権縄文人」たちが登場。いずれも再び、活発に販売されています。
リクルートや加森といった大手が手掛けた開発案件ですら、この惨状となったのです。過去の悲劇の歴史は繰り返されるしかないのでしょうか?
複雑な思いを胸に、江副浩正氏のモニュメントを通り、筆者は次のガラ権巡りに出ました。
コラム3:ペイバックリゾート、損益通算に関する判決
再びresortboyです。zukisansuさんを見送った後、僕はこの安比高原に関する税務訴訟についての調査を行いました。これは軽く岩波ブックレットくらいにはなる話題なのですが、僕は税務については素人ですから、理解できた範囲で結論だけを簡潔に書きます。
読者の皆さまは、このような「ベイバック型の会員権的なリゾマン分譲」に興味をお持ちかもしれません。そしてそれを不動産所得としてとらえ、赤字が出たら他の所得と損益通算することで節税になると、なんとなく理解されているかもしれません。
しかし令和となった今、それはムリです。判決を見てみましょう。
この安比の客室をめぐって、複数の税務訴訟が起きています。いずれも同じこの安比高原のリゾートホテルを購入し、同じように賃貸借契約及び管理委託契約を結んでいました。舞台は東京地裁 16 と盛岡地裁 17。原告は納税者であり、否認された損益通算、つまり安比のホテルで赤字を作ってそれを他の所得とぶつけた確定申告をめぐって、国税当局を被告として裁判を起こしたのです。
争点は所得税法第六十九条2項の解釈にありました。そこには「生活に通常必要でない資産に係る所得の計算上、生じた赤字の金額については損益通算の対象としない」とあります 18。
東京地裁では、ホテル安比グランドの所有は「保養の用に供する目的で所有していたと認めるのが相当」として、所得税法にある「生活に通常必要でない不動産に該当する」と判断し、国税勝訴となります。
一方、盛岡地裁は賃貸目的での取得を支持し、主たる目的は保養にあると解することができないとして、納税者勝訴と判示します。
ところがこの後、第二審の仙台高裁では逆転判決となります 19。
争点である「主たる所有目的」について、高裁判決においては「個人の主観的意思という抽象的なものを重視することは適切な賦課徴収を実現する上で適切ではない」と、あくまで客観的に目的を認定すべきとして、ホテル安比グランドの所有に事業目的性はないと判断。国税側の勝訴、つまり東京地裁と同じ結論に至りました。
保養地にあるリゾート物件を買って、そこを利用する以上、保養目的でない(生活に通常必要でない不動産ではない)ということはできない、ということのようです。
現在、同様に販売されている投資風味のホテルコンドミニアムや、シェア別荘的なものの中には、節税効果がうたわれているものもあるかもしれません。余っているカネを不動産に変えて相続税評価額を圧縮する、というのならともかく、損益通算で節税ができるのでは、という考えは、平成13年(2001年)の本判例をもって、否定されています。
東急不動産がさかんにこの形態の物件を販売している。本サイトではこの開発方式について問題視しており、これまでも記事で取り上げてきた。
・「ホテルコンドミニアム」とは?|東急リゾート
・ホテルコンドミニアムの問題点 | 東急ハーヴェストクラブの話題 – resortboy's blog – リゾートホテルとホテル会員制度の研究
・BLISSTIA箱根仙石原 / 東急ハーヴェストクラブVIALA箱根湖悠 | 東急商法の現在地、ホテルコンドと最後のガラ権 | 会員制ホテル今昔物語 – resortboy's blog – リゾートホテルとホテル会員制度の研究 ↩︎安比グランドアネックス1が1996年、同2が1997年、同3は1998年の開業。現在はANAホリデイ・インリゾート安比高原。 ↩︎
1985年に藤田観光が中心となって分譲された新宿ワシントンホテル新館の分譲においては、購入動機の第一位が節税であった。
・新宿ワシントンホテル新館の分譲について – 2 | 今日もビジホにいます – resortboy's blog – リゾートホテルとホテル会員制度の研究 ↩︎ ↩︎リステル猪苗代の開業は1973年12月。本連載ではこのホテルをホテルコンドミニアムの始祖としている。しかし実際には、1972年12月22日にフジタ開発が蔵王スキー場に「蔵王コンドテル」を建設・開業している。純粋な意味でのホテルコンドミニアム(一室単位での会員制分譲ホテル)の元祖はこの蔵王コンドテルだが、ほどなく運営会社の事情で一般ホテル化し、1975年6月1日にホテルニューオータニ蔵王となった。短命であったために、本連載では現在も健在であるリステルを優先して「元祖」として取り扱うこととした。蔵王コンドテルについては、ヤナセの社史「轍 (わだち) : 日本自動車界のあゆみとヤナセ. 4 / 梁瀬次郎」の「ステラポラリス」の項に開発背景について記載がある。
・(株)ヤナセ『轍 (わだち) : 日本自動車界のあゆみとヤナセ. 4』(1986.03) | 渋沢社史データベース ↩︎とうほく財界1983年1/2月号(東日本出版) ↩︎
岩手観光ホテル、分譲ホテルに人気――10日で18件契約、財産保全で投資? | NIKKEI COMPASS - 日本経済新聞 ↩︎
とうほく財界1985年11/12月号(東日本出版) ↩︎
コロナ禍に見たホテル投資の「出口」 | ホテルトラスティ – resortboy's blog – リゾートホテルとホテル会員制度の研究 ↩︎
とうほく財界1986年1/2月号(東日本出版) ↩︎
・Price | APPI Grand Villa
・How to check-in | APPI Grand Villa ↩︎・海外名門校がスキーリゾートに? | NHK | ビジネス特集
・寮はまるでハリーポッターの魔法学校 岩手に開校した英名門パブリックスクールの特色:朝日新聞GLOBE+ ↩︎安比高原には旧安比グランド内の温泉大浴場のほか、独立した温泉施設「白樺の湯」がある。白樺の湯の旧称は「APPI温泉パティオ」で、旧安比グランドアネックス1開業と同時にできたもの。
・ANAクラウンプラザリゾート安比高原大浴場&プライベートスパMAKIBA | APPI【公式HP】
・安比温泉 白樺の湯 | APPI【公式HP】 ↩︎東京地裁平成10年2月24日判決 ↩︎
盛岡地裁平成11年12月10日判決 ↩︎
仙台高裁平成13年4月24日判決。なお、この一連の訴訟の解説を国税側の立場から行ったものとしては、以下の論文があるので、より正確にこの訴訟について知りたい方は参照されたい。
・生活用資産を巡る所得税法上の諸問題 | CiNii Research ↩︎