前回はガラ権ファンの皆さまに向け、行政区分を考えながら「北軽井沢(浅間高原)」を概観した回でした。今回は別荘分譲地としての北軽井沢のエリア区分に触れ、そこに点在する新旧の「別荘ガラ権」「ヴィラガラ権」を中心に、この地域ならではの小型ガラ権の今昔を追ってみたいと思います。
土地勘
「軽井沢倶楽部 ホテル軽井沢1130」を紹介しながら、行政区分的見地から広域の「北軽井沢」を概観したのが前回でした 1。この広大なエリアで土地勘が得にくい最大の理由は、行政区分が異なると観光案内も異なるからです。案内マップは「我が町・我が村」が優先。長野原町と嬬恋村は協働していません。
エリアが広すぎて広域で紹介するのにも無理があります。いきおい、長野県の軽井沢から草津や万座までの全エリアを取り上げることになり、これはこれでどこがどうなっているのか混乱させられることになります。
そこで今回は、別の角度から踏み込んで解説を試みます。それは「別荘地開発」という切り口です。
筆者は日本のほぼすべてのリゾート、保養地、別荘地を、「愛するガラ権」を追って走り込んでいますが、同じエリアの中でいくつものデベロッパーが競い合い、多数の別荘分譲地が開発されたのを各地で見てきました。
しかしながらそれらは、山(丘・起伏)や川・湖などで区切られながら、それぞれを業者が開発分譲するというものでした。長野県の軽井沢にしても、地理的に区切られながら広範囲にエリアが分かれており、何度か走れば土地勘が働くようになります。
ハイランド? サンランド?
しかしこの浅間高原においては、広大な火山の裾野であるのっぺりとした原野が切り刻まれた結果として、分譲区域が「連続」しているのです。この浅間高原以外では、知らず知らずのうちに別の分譲地に入っていた、というケースはありません。ここは珍しいエリアです。
何度来ても点在するガラ権施設を探して道に迷う筆者は、別荘地にお住まいの方が作られた開発社別分譲地地図 2 を頼りに探し回ることになるのでした。
さらに、分譲地名が混乱に拍車をかけます。開発と販売が違うのが普通なので社名の冠はなく、さらに「ナントカの森」「なんとかの里」「ハイランド」「サンランド」など似たような名称のオンパレード。それに同じ分譲地内でも、一般・高級の区別があって区切られていたりするなど、もう何でもありの様相です。
そして昔も今も、その別荘地の中に別荘分譲とは関係のない形で小型の別荘型ガラ権が自然発生的に生まれます。冒頭の写真「NOT A HOTEL」3 が典型ですが、ガラ権の歴史が50年を経て、再度同じことを繰り返していることに驚かされます。
このエリアならではの複層的な構造を正しく理解すべく、新旧のガラ権施設を見て歩きながら、別荘分譲地そのものも含めての理解を目的として、以下、解説していきます。
ネオ別荘ガラ権たち
スタート地は前回の大型ガラ権施設、ホテル軽井沢1130です。樹木が育って高くなった木々の中の道を走り出すと、すぐにどこにいるか分からなくなりますが、まずは西に進みます。すぐに鬼押ハイウェー 4 と交差しますが、そこは別荘地区分的に重要な場所です。
ここに「すずらん坂公園」という看板が名に入りますが、そこから西は「プリンスランド 5」、そして東が「奥軽井沢郷」です。プリンスランドはこのエリア最重要の別荘地となりますので、本連載では別途取り上げます。
奥軽井沢郷は「日本興業 6」という会社がこのエリアでもっとも初期の段階から開発したものです。詳しい経緯は追っていませんが、現在も一貫して同じ会社が運営しています。同社はもともと長野県の軽井沢で国土計画と競って別荘地分譲を行っており、その延長でこの浅間高原にも進出したのでした。
NOT A HOTEL
続いて、そのお隣の分譲地の入口です。ここが先に触れたプリンスランドの高級エリア「浅間湯本温泉別荘地 7」です。筆者はぜひ見たかったのですが、入口ゲートのバーに遮られ門前払いとなりました。
ここには、resortboyさんのFANBOXでも紹介されたことがある横文字名の戸建て新ガラ権「NOT A HOTEL」の建物群が展開しています 8。筆者は見れなくて残念でしたが、これについてはresortboyさんがよくご存知なので、追って何か発表があるかもしれません。
同様の「ネオ別荘ガラ権」としては、このすぐ近くにの一本裏通りを入ったところに「SANU 2nd Home - 北軽井沢2nd」があります 9。
50年前の施設たち
続いての別荘地に向かいます。これは重要というわけではありませんが、上記のネオ別荘ガラ権との対比として、およそ50年前の世界を訪ねていきます。
皆さんは、共有制ガラ権の廃墟化や処分できない困った現状を積極的に報道され、先ごろもその問題に関する本 10 を出版をされた、YouTuberの吉川祐介さんをご存知だと思います。吉川さんはこの北軽井沢エリアに関しても多くの動画を発表されていますが、その初期に公開されたものに「磯村建設 11」の「ビラ軽井沢」に関するものがありました。
これは22室という集合別荘を、部屋単位で区分所有の共有制ガラ権として分譲したものでした。鬼押ハイウェーの中間地点、鬼押出しの付近から別荘地への進入路があり、Googleマップにもピンが立てられています。筆者は残念ながら現地でうまく発見できず、この建物との対面は次回取材時の課題となりました。
続いて本エリアの交通の要所「浅間牧場」交差点方面に向かいます。目的は、老舗ガラ権であるダイヤモンドリゾート(現ダイヤモンドソサエティ)の最初期の施設「ダイヤモンド軽井沢ホテル」(閉業済)です。
このガラ権史上最古参の歴史的建物は、三井が分譲した高級別荘地(後述)のセンター部分(三角ロータリーと呼ばれる交差点)に、かつては三井の看板とともに案内があったほどの立地を誇っていました。レストランなどがある本館に3つのコテージを連結したような作りで、各棟に8室という規模でした。
しかし現在は三井の手を離れ、看板も撤去されており、現況確認には至りませんでした(建物は現存します)。このように、北軽井沢エリアの小型ガラ権施設の訪問は意外に難しいものなのです。
ヒルズホテル
最新のネオ別荘ガラ権と、50年前のガラ権遺構について触れた後は、その中間的な時期に活躍した小型ガラ権施設を目指します。
浅間牧場交差点から国道146号を軽井沢方面に戻ると、そこは群馬県側最南、かつては最高級別荘地であった「浅間ハイランドパーク 12」があります。ゲートがあったほどの高級別荘地ですが、それもそのはず、この別荘地は三菱地所が販売代理をしたものです。
ハイランドパークにはホテルもあり、多くのテニスコートと白い瀟洒な建物は憧れでした。現在はリブランドして「ホリデイヴィラ ホテル&リゾート軽井沢 13」として健在です。
そしてそのハイランドパークの国道を隔てた反対側に、小さな「ガラ権落人」があります。旧「北軽井沢ヒルズホテル」。こちらはRCIジャパンの加盟施設で、わずか25室(当初は32室)の単独型ガラ権でした。
筆者は1990年代に宿泊で1度利用し、その時に印象がよかったのでレストラン(フランス料理)を目的に再訪したことがあります。元々しっかりと建てられていたためか、さほど当時の面影と印象は変わりません。現在は中国系資本のホテルとして、「北軽井沢Golden Forest Hotel 14」として営業中でした。
経緯を調べると、本ホテルは1989年にスタートした後、経営破綻を経て2004年に別の業者が取得するも同名ホテルとして営業は継続されました。そして令和になって営業を停止して再度身売り。2022年に現在の中国系資本に引き取られた模様です。
もはやガラ権ホテルではありませんが、懐かしい気持ちになりました。健在を確認できて良かったと思えるホテルです。
パウエル北軽井沢
落人をもうひとつ巡りましょう。国道をさらに北に進んだ分譲地、「白樺の丘」入口のバス停のすぐ前に、筆者が涙した施設(廃墟)がありました。
そここそ、筆者が今も会員である東京レジャーライフクラブ(TLC)の「パウエル北軽井沢」でした。当時のTLCは庶民的な小型ホテルを各地で展開しており、長野県の中軽井沢にも施設がありました 15。
筆者はこのパウエル北軽井沢に何度もお世話になりました。寒い冬の夜遅く、周りが真っ暗になってから当日予約で利用したのはいい思い出です。パウエル北軽井沢は、わざわざ部屋を温め、布団を敷いて待っていてくれました。
その思い出のホテルは、バス停裏の森に覆われ、ひそやかに廃墟となっていました。
バス停横に車を停め、廃墟に近づきます。建物の裏には壊れた看板。感極まって、筆者は涙しました。
三菱 VS 三井
しばしの間、思い出に浸った筆者は、浅間牧場交差点から先ほど来た道を西に向かいます。この道路の南北にまたがって開発され、プリンスランドと並んで当地を代表する巨大別荘分譲地が「三井不動産の浅間高原別荘地」です(現 エンゼルフォレスト浅間高原 16)。
南側は三菱のハイランドパークと隣接しており、この後訪れる「王領地の森 17」と合わせて、最高級別荘地としての「三菱 VS 三井」の対立軸があったのも、今は昔となりました。
今回は、浅間高原の代表的な別荘分譲地を巡りながら、新旧の別荘型ガラ権施設を探して走りました。最後に少し北に進んで、先に書いた三井不動産によって販売された「王領地の森」入口を確認して、旅の終わりとしましょう。
ここにはNOT A HOTELと同様の、新興のネオ別荘ガラ権「SANU 2nd Home - 北軽井沢1st 9」があります。
北軽井沢におけるガラ権勃興の嚆矢がダイヤモンドの軽井沢ホテルだとすれば、それからちょうど50年。時を経てジェネレーションが変わり、過去のことが忘れ去られた今、原野が切り刻まれたこの地でまた、新たなネオ別荘ガラ権が時をかけているのです。
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軽井沢倶楽部 ホテル軽井沢1130 | リゾマン転用の北軽ガラ権、原野に佇む | 会員制ホテル今昔物語 – resortboy's blog ↩︎
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本連載ではトップ画像は必ず筆者(zukisansu)撮影のものを掲載し、特例として編集のresortboyの写真を使うことがある。今回はさらに特例で、resortboyの家族が撮影した写真を掲載している。写真の建物は「BASE MODEL M - NOT A HOTEL KITAKARUIZAWA」である。 ↩︎
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「奥軽井沢郷」として1960年代前半に北軽井沢で大規模な別荘地分譲を行った。軽井沢(軽井沢)からの進出であり、国土計画(コクド)に次ぐ軽井沢における別荘地分譲の大手であったという記録もある。 ↩︎
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ホテル箱根パウエル | 我が思い出のガラ権、箱根最高の立地に消ゆ | 会員制ホテル今昔物語 – resortboy's blog ↩︎
















本稿に関連した以下のような記事が出ていましたのでご紹介します。
月5万円で別荘が手に…なぜ「シェア別荘」が急増中? 新興・老舗に聞くブームの裏側 連載:ヒットの現在地|ビジネス+IT
ちょっと忙しくて僕は読めていませんが、消えちゃうといけないので、情報共有しておきます。