フジタ詣でで、箱根早雲山の裾野、二の平を駆け上った筆者は、ガラ権銀座である強羅エリアを抜け、狭く急な坂道を下って国道138号線に出ました。小田原と御殿場を結ぶここからは普通の道かと思いきや、すぐに現れた次の目的地には、もっと急な狭い道を登っていくことになるのでした。
その場所とは、旧「東急ハーヴェストクラブ箱根明神平 1」。いや、今でも似た名前で営業を続けている「オールドハーヴェスト」と言える施設なのですが、ここは開業30年を超えてなお、ガラ権錬金工作の密談会場であり、最新のハーヴェスト施設でもあると言う、現役施設の中で特段に珍らしいホテルです。
東急ハーヴェストクラブ箱根明神平
本連載の読者の皆さまは、本施設を「1回転目」か「2回転目」でご利用なさっている可能性は高いですね。東急ハーヴェストクラブだけによく知られた施設ですが、「3回転目」になっている現状を踏まえ、最初のステージから振り返ってご紹介したいと思います。
筆者は、これを書いている現時点でハーヴェスト会員ではありませんが、「斑尾 2」の計画時点から入会し、その後、「旧軽井沢 3」「箱根甲子園 4」と3口まで買い増しています。それなりに長かった会員歴の途中で、本「箱根明神平」は何度も利用し、特に子供を連れての箱根家族旅行の思い出が、強く記憶に残っています。
本施設については、今年2月7日付けのresortboyさんの記事で、「トリプルアクセルを決めた箱根明神平」と題した詳細な分析記事が既に存在しますので、筆者の本連載と併せてお読みいただきたく思います。
この記事は筆者との打ち合わせを経て書かれたものではありませんが、内容は正確であり、筆者が改めて記事にする必要もないと思うほどです。しかし、ハーヴェストクラブにおける本施設の重要性(立地・佇まい、歴史と現状)から鑑みて、「大東急ともあろうものが、なぜ、このようなへんてこりんなことをしているのか」を、筆者が2024年夏に再訪した上で、最新情報を加えて掲載する価値があると考え、本連載にエントリーさせました。
入口がわかりにくい理由
宮ノ下方面から国道138号線を御殿場方面に少し進むと、東急箱根明神平を示す道路標識が出てきます。前述の通り、強羅から下りて来てからはあまりにすぐなので、見落とさないようにしないといけません。そして標識に従って、Uターンをするかのように山に登りはじめます。
このようなわかりにくい入口は、日本の高級別荘地にありがちなものです。欧米の高級住宅街や高級別荘地には、入口に門番がいてゲートのバーが開け閉めされるようになっていますが、日本ではこの方式は採用されておらず、開放型です。そのため、よそ者を別荘地に入れにくくするために、わざとわかりにくくしているのです。
別荘地入口を示す「明神平」と書いた大きな石碑と、白い塔のようなオブジェにしても、このために国道から見えづらい場所にあるわけです。
選ばれし者の別邸
この東急箱根明神平別荘地は、箱根の中でも最高級の部類です 5。別荘地内の地図を見ますと全520区画もあり、東急が箱根でもう1つ運営する仙石原別荘地の60区画を大幅に上回るものです。
箱根・宮城野にある明神平は、言うまでもなく「明神ヶ岳」の裾野を切り開いたことから命名されています。開発は1965年頃から進んでいますが、1985年頃から開発され最後に分譲された山側の一番奥が「萩山エリア」と呼ばれ、最高級中の最高な別荘地として、羨望の的でありました 6。
本施設をご利用になったことがある方は、この別荘地、それも本施設から山側に登った方面にある萩山地区などを、朝食前に散歩されたのではないでしょうか。
明るく豪華で道幅も広く良くメンテが行き届いた別荘地内の散策は、優雅な気持ちにさせてくれ、散歩を終えての朝食は最高でした。フロントに別荘地散策地図が置いてあった記憶があります。
本連載で過去に取り上げた高級別荘地内の洒落た珍種ガラ権ホテルと言うと、鹿児島の「霧島自然郷」の中に佇む「霧島ソサエティ」が思い浮かびます 7。分かりにくい進入路からカーブの続く坂を登り、ひっそりと上品なホテルがありました。同様にここは、箱根の高級別荘所有者のクラブハウス、社交場も兼ねて作られた、「選ばれし者」の別邸でもあったのでしょう。
また霧島もそうでしたが、高級だから別荘地からの眺望も凄いのかと思われそうですが、雄大な景色が拡がるのではなく、遠くに見えるだけで、落ち着いた雰囲気になっています。明星ヶ岳の大文字焼きも、全く見えません。
1回転目
こうした環境の中、東急ハーヴェストクラブ箱根明神平は、1993年7月、他のクラブ施設がだんだん大きくなる傾向があった中、わずか39室で開業しました。
高級別荘地に溶け込む、低層かつ自然な色合いの建物でしたが、少ない部屋数にも関わらず、レストラン・温泉大浴場・プール・テニスコートなど付帯設備は全部揃っていました。それもそのはず、上述の通りの理由なら意味が分かります。
本施設は、共有制でなく預託金制でした。施設設置の目的が筆者の見立て通りなら、建て替えなどで将来に渡って永続させるため、施設の変更を考えて、あえて預託金制としたのかもしれません。
内容の充実さから考えても納得ですが、会員募集金額は高額で、筆者の手元にあったやや古い資料(90年代後半)で、1口1室12口計算、1,210万円でありました。内訳は、預託金が1,000万、入会金等が210万です。その後、最後は1,000万程度の預託金のみとなって販売されました。
年会費は年額20万円程度と高額でしたが、預託金制だと固定資産税(この施設だと高かったと思われる)や営繕関連費を含んだ年会費になりますので、仕方なく、一概に高いとは言えなかったでしょう。
2回転目
続いてその後です。最初の会員契約が20年で満了した後、延長はせずにそのまま2回転目に入りました。この時、仕切り直して「エクストラ10」と名付けた総額約500万円の「使い切りガラ権」がすぐに再登場しています。
もちろん預託制ですが、この時も約20万であった年会費は高いとは言えません。期間10年であったことから総費用も容易に計算でき、以下の記事にあるように、利用券の価格は1枚1万円と計算でき、筆者も推奨できるガラ権に衣替えしたわけでした。
決して安いわけではありませんでしたが、2回転目に入って手軽になった本ガラ権はなぜ10年であったのか。東急はこの時、この施設利用の将来活用に迷いがあり、10年という「軽い芸」で済ませた感じがします。
nol2号店
そして10年後の今年です。コロナ禍も体験しましたし、リゾート(ホテル・旅館・別荘地・リゾマン等)業界も急激に変化してきていますので、昨年夏にエクストラ10が満期終了となった時、東急は本施設をどう扱うか、彼ら一流の頭脳を集めていろいろ考えたと思います。
その結果、一般ホテルとしてすでに2020年秋に京都に第1号店 8 を開業していた新ブランド「nol」の第2号店となったのです 9。1号店は京都の老舗酒造「キンシ正宗」の販売所を改修した48室の町屋建築で,レストラン・大浴場等もなくラウンジがあるだけの施設です。
第2号になる改修期間は半年程度であったため、改修はロビーや部屋など内部の手直しに限られました。京都中心部の町屋ホテルと、箱根の高級別荘地で2回転販売を達成したガラ権ホテルが、同じブランドになると誰が予想できたでしょう。
3回転目
そして、ガラ権ウォッチャーを驚嘆させたのが、ガラ権として3回転目に入った、ということでした。本年4月から、正式名称「東急ハーヴェストクラブRESERVE箱根明神平 In nol hakone myojindai」となって、会員権として再デビューしました 10。
今回披露した技は、20年の預託金制。価格はほぼ開業時と同じ約1,200万。大して改修費用もかけていないので(しかも付帯していたテニスコートは廃止)、価格を上げるのが難しかったのが伺えます。
同一施設、同一メーカー・同一クラブ、同一利用システムでの3回転は史上初であり、今後も現れることはないと考えられます。ガラ権技術選手権の金メダルは確実です。
しかし、次の2点を、土俵下の審査員は見逃しませんでしたので、「物言い」を付けておきたいと思います。
物言い
1つ目です。前2回は身体の全て(全客室)を使ったガラ権演技であったのに対し、3回転目は全39室中、10室のみのガラ権となり、力のこもっていないものです。
筆者は、東急が近年、京都東山や飛騨高山で演じているRESERVE(大切なお客様のために、特別にお席をご用意しました、とでも言いたいのでしょう)の芸風に、いい印象を持っていません 11。
筆者も今やガラ権ばかりを使うわけではありませんので、普通に公式ホームページや複数の予約サイトを横断的に検索してホテルを予約します。そうした場合、東急のRESERVEと称するガラ権施設が寄生する一般ホテルの料金が意識されることになります。
そして、必ずというわけではなく諸条件によりますが、会員になったばかりに「逆特典」、つまり予約が取りにくくかつ料金も高い、という矛盾が出てしまうこともあるのでした。
nolに乗れず
2つ目です。これはハーヴェスト会員にとって残念な話となります。「nolシリーズ」について筆者は、東急は当初、ハーヴェストクラブとは別の新規のガラ権化を目論んでいたのではないかと思います。
と言うのは、もう予約は出来なくなっていますが、ハーヴェストの予約サイトの中に、「準相互利用施設」としてnol kyoto Sanjoが、近鉄のプライムリゾート賢島 12 やプリンスバケーションクラブ施設 13 とともに載っており、オンラインの空室状況にも並んで表示されて予約ができる時期がありました。提携施設として均一料金であり、それも安価に設定されていたため、nol利用の裏技となっていたのです。
準相互利用施設として予約できるのは、東急として特別に関係が深いガラ権施設に限られます。これとは別に「フレンドリーホテル」という他施設利用(例えば東急ステイ)割引制度がありますが、nolはこの分類ではなかったのです。
ところが東急は、RESRVE箱根明神平が発足して間もなく、ただし開業より後手に回りますが、本年7月にnolを準相互利用施設から外し、今月末で使えなくしました。つまり、フレンドリーホテルに格下げしたのです。そしてnol京都のサイトにあった、ガラ権準備の前哨戦であったと思われる「nolクラブ(定期利用契約)」の案内もいつの間にか消えたのでした 14。
nol第2弾を作った後に、nolクラブの立ち上げをあきらめ、そしてRESERVEを設定。このドタバタ迷走ぶりは大東急としては見苦しいことだったわけですが、リゾート会員権市場が変容し、東急としても既存のハーヴェスト会員に向けてRESERVE明神平を売ったほうがよいと考え直したのは理解できます。
このことは、東急ですらハーヴェストクラブのビジネス、もっと言えば会員権による錬金作戦に、あれこれひずみが出てきていることの証(あかし)。ガラ権界に残る、最大手資本の事業の先行きも怪しい時代が、もうそこまで迫っています。
細かな経緯は本稿全体で解説するが、端的に言うと、一般ホテル「nol」の中に東急ハーヴェストクラブが設定されている。
・RESERVE箱根明神平│東急ハーヴェストクラブ -TOKYU Harvest Club- ↩︎東急不動産は斑尾において、1989年にタングラム斑尾東急リゾートを開業し、翌年には斑尾東急ゴルフクラブが開業する。かなり遅れて1997年に東急ハーヴェストクラブ斑尾が開業。タングラムの位置付けについては東急の社史を参照。
・東急100年史 5章 1980-1989 |東急株式会社 ↩︎東急ハーヴェストクラブ旧軽井沢開業における東急の力の入れようは今振り返ると笑ってしまうようなところがある。何と言ってもイメージキャラクターがイングリッド・バーグマンであった。
・【懐かしいCM】東急ハーヴェストクラブ旧軽井沢 イングリッド・バーグマン 2000年 Retro Japanese Commercials - YouTube ↩︎箱根甲子園という旅館の跡地に建設されたので、この名前となった。かつての旅館のキャッチフレーズは「つりとボート遊びの箱根甲子園」。 ↩︎
霧島温泉ソサエティ | ガラ権界の至宝、霧島の別荘地に静かに佇む | 会員制ホテル今昔物語 – resortboy's blog – リゾートホテルとホテル会員制度の研究 ↩︎
東急ハーヴェストクラブ × 厳選ホテル「RESERVE」シリーズ│宿泊情報│東急ハーヴェストクラブ -TOKYU Harvest Club- ↩︎
プライムリゾート賢島 / 志摩観光ホテル | 近鉄唯一のガラ権と志摩開発への情熱 | 会員制ホテル今昔物語 – resortboy's blog – リゾートホテルとホテル会員制度の研究 ↩︎
一般法人に向けたリゾート会員権の市場縮小を受け、定期利用契約は個人向けに展開していた「プレオーナーズ」に統合。「プレオーナーズ アニュアル会員〈1年間〉」となった。
・法人でご検討の皆様へ|東急ハーヴェストクラブ|東急不動産の会員制リゾートホテル ↩︎
明神平は時々利用させていただきました。HVCとしてスタートした時はまだ南館がなく全18室のホテルに温水プールが付くという謎の仕様でした。建具や水回りもHVCより高級で他のHVCとの出自の違いを感じました。
衣替えしたreserve明神平は販売が芳しくないようです。開業特定期間とその直後はとても空いていて露天風呂付きのお部屋が相互で4回(うち土曜日3回)も取れました。ベランダにしつらえられた露天風呂は小雨くらいでしたら利用できます。台風と雪の日は無理でしょう。セルフスタイルのバーはソフトドリンクが宿泊者フリーで便利に利用させていただきました。朝夕食にサービス料15%がかかります。箱根相場のようです。
京都のnolクラブは一年契約が災いしたようです。2年目3年目の契約更新をしない方が多くクラブの維持が不可能になったと推測しています。
reserveも難しい施設で、施設を貸す側、借りる東急リゾート、会員利用者の「三方よし」を実現するのは至難の技です。貸す側にとって安すぎ、リゾートに儲けがなく、利用者は会員権が高すぎ室料でも得をしない、という現状ではないでしょうか。