我が思い出のガラ権、箱根最高の立地に消ゆ

「会員制ホテル今昔物語」は、35年に渡ってリゾート会員権についてウォッチされているzukisansuさんによる連載です。日本で独自の発展を遂げたリゾート会員権、すなわち「ガラ権」の歴史をたどることで、日本的文化とは何か、日本人とは何かを、過去に学び未来を見通す―そんな奥行きのある連載として、僕から特別にお願いし、zukisansuさんにしか語れないこのテーマでご執筆いただく運びとなりました。どうぞご期待ください。(企画・制作:resortboy)

仙石原から芦ノ湖に車を走らせると、湖にぶつかる場所が「湖尻」(桃源台)であり、箱根山の北西側における最重要スポットとなります。東の最重要スポット「強羅」とはケーブルカーとロープウェイで結ばれ、ロープウェイの途中で「大涌谷」が一望でき、これぞ箱根!という観光のハイライトとなっています。

湖尻桃源台

「湖尻」とは芦ノ湖の一番北側全部を指す地名であり、主たる「湖尻峠」はロープウェイの終着・始発駅「桃源台」の対岸に見えます。

湖尻峠は、芦ノ湖西側の山々を縦断する「芦ノ湖スカイライン 1」の途中にありますが、芦ノ湖は東側ばかりが開発され、西側はほとんど話題となりません。

電車で小田原、箱根登山鉄道で強羅、そしてケーブルカーやロープウェイと乗り継いで湖尻(=桃源台)に着くのが、いわゆる箱根ゴールデンコース。バスにしてもすべて芦ノ湖の東側であり、箱根・芦ノ湖の中心部分と言えば湖尻(=桃源台)とイメージされるようになっているのです。

ガラ権銀座

この人気ある湖尻桃源台エリアは、大涌谷方面に向かってロープウェイがかかるほどの高低差があります。その高低差を利用して芦ノ湖の景色を楽しめるようにと、ガラ権施設が居並ぶこととなりました 2

アクセスが最高である強羅ほどではありませんが、箱根の一等地ですのでガラ権メーカーが競って施設を作った「ガラ権銀座」と呼んでよいでしょう。

今回は、既に施設は閉鎖・売却されましたが、その湖尻エリアの中で、筆者が最高の立地であったと評価している「ホテル箱根パウエル」について記録しておきたいと思います。

東京レジャーライフクラブ

この「パウエル」とは、東京の老舗ガラ権「東京レジャーライフクラブ(TLC)3」のホテルブランドです。日本リゾートクラブ協会の発足当時からの正会員で 4、現在の施設は主力の「ホテル伊東パウエル」だけになりながらも生き続けている「ガラ権縄文人」の1人です。

このTLCは「老衰」、つまり、会員が高齢化して利用しなくなり、古くなった施設の改修もままならない状態となり、2012年にクラブを運営していた「東京信用販売」が倒産しました 5

その後、会員からの復活を望む声により、再生スポンサーが付かないまま2施設のみで自力復活。それが箱根と伊東でしたが、コロナ禍で箱根は閉鎖され売却、残るは同クラブの最初の施設である伊東のみとなっています。一時は十指に数えられた老舗ガラ権メーカーであり、最盛期の会員数は、法人を含めて数千の後半でありました。

売却

筆者がこの記事に載せた写真は、閉鎖・売却後の今年(2024年)の夏に撮ったものです。箱根パウエルの営業は、コロナ渦により2019年春からは断続的なものとなっていて、業績も不安定でしたが(自力再生後は、運営・収支が事細かに毎年会員に報告されている)、ついに2023年春に閉鎖となりました。

施設の処分を巡ってあれこれ検討されたようですが、一等地であったことから買い手が見つかったと報告が来ました。そこで筆者は、この目で最後を見届けたいと思い、今回の訪問となったのです。

訪問時は残念ながら天気が悪く、入口より先に入れる状況でもなかったため、奥にある新館の訪問は叶いませんでしたが、本館はまだ取り壊されておらず、往年を偲ぶことができました。

思い出のガラ権

筆者はガラ権コレクターですが、実は人生で最初に会員となったのが、このTLC。それは1989年の暮れのことでありました。

老朽化で施設が次々に閉鎖され、倒産と清算を経て伊豆のホテル伊東パウエルだけとなった今も、会員歴35年としてお世話になっています。

実際には利用もする機会もないまま、思い出を忘れられずに惰性で会員を続けている状態ですが、会費はわずかなので応援の寄付のつもりです。

当時、筆者はちょうど結婚のタイミングを迎えた30代前半のサラリーマンでした。高いガラ権を買う資力はなく、予算の範囲で買えるものをすべて比較検討した結果、地味ながら関東エリアに多数の施設を展開していたTLCを選びました。

ネットの仲介屋さんなどはない時代ですので、新聞広告で業者を見つけ、実際に訪問して在庫を確認するといった具合でした。

「結婚のタイミングで会員権を入手されて素晴らしいです。TLCは派手ではありませんが、多数の施設と落ち着いた客層。経営は安定し、価格は良心的で評価の高い会員権です。奥さまも喜ばれるでしょう。よい人生になりますね」

今はもうその業者は残っていませんが、担当の方が筆者の取引成立を心から喜んでくださったのが忘れられません。

寂しい感じ

そして難なく名義変更も終了。入会証や預託金証書、会員カード、施設案内などが、今も変わらぬ「東京レジャーライフクラブ」のロゴ入り封筒で送られてきました。その一式を手にした時には、一人小踊りして喜んだものです。

うれしくて、さっそく全ての施設を利用しましたが、TLCの施設はまさに業者さんの言う通りで、派手ではなく安価で、直前でも予約は取れて、何もかも「普通に満足」でした。

しかし新婚の妻は、派手さは全く好まない普通の人ではありましたが、今もTLCのフラッグシップである伊東パウエルですら、感想は、「ここは国民宿舎以下くらい…」というものだったのです。

当時は観光客も多い時代でしたから、普通の施設でも予約は難しく、高価でした。パウエルの施設群は「十分我慢できる」ものではありましたが、会員制という響きとは何かが違う、寂しい感じがありました。

箱根新館

この箱根パウエルは、かつては「湖尻富士見荘」という旅館でした。この場所は、湖尻エリアにおいて最高の立地のひとつであり、筆者がTLC入会当時の総合パンフレットにも、冒頭にその素晴らしい立地の空撮画像が見開きで掲載されていました。

しかし、さすがに「国民宿舎以下」と呼ばれては、ガラ権コレクターになろうとしていた筆者としても困ります。ですが筆者には期待があったのです。それは建設中の箱根パウエル新館でした。さらには既存の本館の建て替えも計画されていたのです。

「箱根アネックス」でリベンジだと、秘かに完成の時を待ちました。

1991年11月にオープンした新館は、小振りですが本格的かつ上品なしつらえ。ようやく会員制らしいひと時が持てるようになったのでした。

安らかな最後

最盛期においては、箱根湖尻における最高の施設であったホテル箱根パウエルは、その後、会員有志の寄付で本館温泉大浴場の改修・完成まではこぎつけましたが、バブル期以降、ガラ権メーカーとしての衰退とともに、本館の建て替え計画も実現せぬまま、最後を迎えました。

全施設が預託金制であったTLCは、会員権の刷り増しを考えることもなく、自然に衰退するという道を選びました。その結果、共有制ガラ権にありがちな権利関係のゴタゴタを会員が味わうこともなく、安らかな最後を迎えることができたことは幸いでした。

既に売却されたこのホテルですが、素晴らしい立地であるだけに、おそらくは驚くようなラグジュアリーホテルとして、近い将来、筆者の前に再び姿を現すのでしょう。


  1. 芦ノ湖スカイラインを開発したのは藤田観光である。1962年に本線(箱根峠~湖尻峠、現在の一般区間)が開通した。箱根小涌園の事業部門に属していたが、2007年にNIPPOに営業譲渡され、同社の子会社である芦ノ湖スカイラインの経営となった。
    芦ノ湖スカイライン|公式サイト ↩︎

  2. 地図上には、安達事業グループのホテルグリーンプラザ、ダイヤモンドソサエティのダイヤモンド箱根ソサエティ、HESTA大倉のザ グランリゾート箱根、コーユーコーポレーションのホテルジャパン箱根を結んでいる。 ↩︎

  3. 現在、クラブは存続しているものの施設が1つだけとなったため、会員権としてのサイトは表紙のみが形式的に残っている。東京レジャーライフクラブはその名を残しながらも、週末期には「パウエルリゾート」とも称していた。
    伊豆の会員制リゾート|パウエルリゾート(公式ページ) ↩︎

  4. 発足メンバーは、総合経営、紀州鉄道、大倉建設、エメラルドグリーンクラブ、リゾートトラスト、東京信用販売、国際リゾートサービス、いずみごう。日経の報道にはこのようにあるが、その後すぐにエメラルド(安達事業)は脱退した模様である(下記の1987年の団体広告参照)。
    8社が参加、会員制リゾートクラブに業界団体。 | NIKKEI COMPASS - 日本経済新聞
     ↩︎

  5. 東京信用販売は民事再生法の適用を申請 | NIKKEI COMPASS - 日本経済新聞 ↩︎

文・撮影:zukisansu、企画・考証・制作:resortboy。バックナンバーはこちら

2 comments

  1. 毎週楽しみに拝見しております。三十代から東京レジャーライフクラブの会員だったとは恐れ入りました。計算するとまだお若い、失礼ながらもう少しご年配の方かと(勝手に)感じておりました。日本リゾートクラブ協会のサイトに東京レジャーライフクラブの施設紹介があり、てっきりこちらもzukisansuさまが書かれたものだとばっかり思っていましたが違うようですね。これを読むと会員の事業継続要求が民事再生に繋がったようで会員に愛されたクラブだったようです。伊東パウエルはリゾネットの相互利用施設に名を連ねているのでエクシブ会員は今も相互利用が可能なようです。
    https://www.j-resortclub.or.jp/business/resortnet/

  2. ノラさん

    連載ご愛読、コメントありがとうございます。
    「語り部」は行政的には、高齢者に分類されておりますが、リゾート的には、全然現役でありまして、年間、日米合わせて、地球の円周の長さの4分の3以上を毎年走り回っています。

    具体的には、初代ウルトラマンが小学高学年、ペイバックpart2が大学生時代となりまして、懐かしいというか、みすず児童合唱団や百恵さんの歌や声は今も脳内をリピートしています。ペイバックpart2が出た年の暮れには、「いい日旅立ち」がリリースされており、「語り部」が旅人となった源流になっています。

    パウエルですが、ホントに会員に愛されたクラブであり、協会のサイトにある過去を語るレポートは、倒産後、社員・会員の有志が取りまとめ、協会が編集したものです。普通に考えて倒産した会社には苦情や預託金返金の声など良くない話しか出ないはずですが、パウエルについては、同情や応援の声しか聞いておらず、追憶のレポートが作成されるに至っては、いかに本クラブが、会員本位で運営されてきたかが分かると言うものです。このあたり、連載本文に書きましたように、後日、塩原と伊東の施設を書くときに追記・回想したいと思います。

    RTの会員で、リゾネットを使っていると言う話は聞いたことが無いのですが、他の加盟老舗クラブ間では意外に利用者がいるようで、以前にパウエルでは1割くらいこれで集客できているという報告を会報で読んだ記憶があります。

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