前回は、志摩エリアへの鉄道敷設に伴う保養地開発に情熱を傾けた近鉄のホテル施設群を見て参りました。今回は、その近鉄が最も力を入れた「志摩スペイン村」から旅をはじめ、その近鉄開発エリアの西側に、広大に展開した旧「ヤマハリゾート合歓の郷」に向かいます。
志摩開発のエリア理解
はじめに、いま一度、志摩エリアの開発経緯を俯瞰・整理しておきたいと思います。伊勢志摩国立公園の南側となる志摩エリアは、大きく分けて3つに区分されます。
最初に、前々回に取り上げた「奥志摩」が下図Aです。これは一番南側で、英虞湾をぐるっと取り囲むように左右から伸びたエリアです。
次に前回で取り上げた「賢島・近鉄沿線」が図B、賢島の西の英虞湾中心部に突き出た半島部分Cがヤマハが開発した合歓の郷です。
英虞湾 1 は、古代から真珠養殖で知られる有名なリアス式海岸であり、奥志摩エリアに守られた内側の海域は、各種養殖(真珠・海苔・牡蠣など)に向いていました。その漁業権との兼ね合いで、海岸線のリゾート開発が難しかったようです。
そのため、「派手に」開発された感じの場所は見当たらず、落ち着いたリゾート地となっています。筆者は巡回してみて、これら3つのエリアには異なる雰囲気があるものの、全体的には「南欧風リゾート」として開発されていることが分かりました。
ではなぜ、この場所が南欧風リゾートとなったのでしょう。
志摩スペイン村はなぜスペインか
前回も書きましたが、伊勢志摩国立公園は、リゾート法第1号事案であり、広域エリアとして日本で最初の本格海岸リゾートの開発が試みられた場所でありました。
当時の計画、「三重サンベルト構想」における課題は、北側にある伊勢神宮や鳥羽温泉街の集客力が強すぎたことでした。開発が伊勢・鳥羽までで止まってしまい、その先が進まない事態に対し、この志摩エリアを開発するテーマとして「南欧風」が採用されたのでした 2。
サンベルトという言葉からも連想される明るい気候と、穏やかな土地柄。陽気な雰囲気の海のリゾートを表現するには、ヨーロッパの地中海北部沿岸からスペイン南部に至るエリアをモチーフにした「南欧風」がぴったりであるとされたわけです。
とりわけ、そのエリアの中心となる「スペイン」をキーワードとするリゾートが開発されることとなり、近鉄は1994年、大々的にテーマパーク「志摩スペイン村 3」をオープンします。それは鳥羽から南下したときの志摩エリアの入口にあたる場所に作られました。今回の記事、冒頭の写真が「ホテル志摩スペイン村」です。
前回の「プライムリゾート賢島」や、後述の「地中海村」といったかつてのガラ権施設は、この志摩スペイン村と歩みを共にしながら今日に至ります。当時、南欧風ブームはこのエリアだけではなく日本全国に波及しており、1988年のエクシブ伊豆にもその影響が見られます。
会員制の別荘村「志摩地中海村」
志摩スペイン村を確認した後、今回の本題である旧ガラ権施設に向かいましょう。合歓の郷の一角にある「志摩地中海村 4」は、賢島の対岸ともいえる好立地に開発されました。
このリゾート施設の沿革は、公式ホームページに「開業30年史」として詳しく掲載されています(2023年で30年)5。
1993年の開業当時、ここが会員制別荘施設群として作られたことは確かですが、現在の権利・所有の形態がどうなっているか、筆者は分かりません。しかし、もともとが南欧で歴史に洗われたデザインをモチーフにしており、30年の歳月を経た今も、インスタ映えするような美しさにキチンとメンテされおり、古さを感じるという概念とは異なるように思います。
戸建て(コテージ)とも、マンション(集合建物)とも分類しがたい、ヨーロッパの地中海、特にスペインの南海岸線エリアに見られる白い建物が並び立つリゾート地を模した複数の建築物が、村(ヴィレッジ)として立ち並び、綺麗な町並みを形成し、全体を構成しています。
名前が似ている志摩スペイン村が遊園地(レジャー施設)であるのとは異なり、ここに来る観光客は、それら個々の建物や村の様子を見て歩いて、宿泊や食事をするのが目的となる、比較的静かな場所となっています。
このような特殊な建物群が、宿泊権利を伴うガラ権であったのは、他に例がなく、本連載でも「珍種」として記録しておきたいと思います。入場(入村)は、宿泊の場合と日帰り利用で分かれ、後者の場合は「入村料」がかかりますが、駐車場代程度の負担で済みます。
志摩地中海村の開発が始まったのは、バブル後期の1989年で、基本コンセプトはやはりスペインでした。ほとんどの建築材料をスペインから直輸入するなど凝った造りであったため、開業は1993年となりました。
驚くのは2002年まで完全な会員制であったことです。その後は徐々に一般開放され、2018年にはパブリック施設が増築拡大されるなど、幾度ものリニューアルを経ていますが、今日に至るまで健全に運営・発展している様子なのは立派だと感じます。
この施設を運営しているのは、地元伊勢市に本社を置く「IXホールディングス 6」傘下の「株式会社志摩地中海村」です。同グループは、伊勢志摩エリア唯一のお酒の蔵元「伊勢萬」などの多角経営を行っています。
ヤマハが開発した合歓の郷
今回の最後に、この志摩地中海村の所在する、旧「ヤマハリゾート合歓の郷」(ねむのさと)の沿革を追っておきます。
ヤマハ(日本楽器製造)が、世界一のピアノ出荷台数となり、絶好調となった折にリゾート開発を手がけようとして、白羽の矢を立てたのがこの場所でした 7。
志摩の中心エリア賢島では、志摩観光ホテルを中心に近鉄が開発を進めていましたから、ヤマハはそれに配慮した形で、西側の別の半島の開発に着手したのでした。1965年に開発が開始され、1973年に合歓の郷が開業しました。
ヤマハは、本連載でも既出の北海道「キロロ 8」に至るまで、このようにリゾート開発に興味を持っていて、この後、静岡県掛川の「つま恋」においてリゾート会員権を開発・販売することになります。しかしこの合歓の郷では、会員権手法を使わず、純粋な一般リゾートとして開発が行われました。
合歓の郷は、いくつかの経営的な変遷を経て、現在はヤマハの名残がわずかに感じられるだけですが 9、最後に作った「エクシード合歓の郷」(閉業済・従業員寮となっている模様)は非常に「ガラ権臭」のする施設であり、筆者は以前に臭いを嗅ぎ違えて出かけたことがあるほどです。
なお、合歓の郷の場所にヤマハが興味を持ったのは、前述の通り、近鉄に配慮した結果もありますが、いきなりこのエリアを狙ったわけではなかったようです。
ヤマハ中興の祖として知られる川上源一氏が鳥羽を気に入り、「楽器」と「行楽」は共に人生に潤いを与えるものと考え、世界に知られた同社製造のピアノと同様、世界に通用するホテルを作ることとしたと伝えられています。
そして、1964年に「鳥羽国際ホテル」を開業するに至りました 10。このホテルは、当時としては最高級であったので、続々と皇族や海外要人に利用され、全国に誇るホテルになりました 11。
ヤマハはさらに、ここを中心に総合リゾート開発を行いたかったものの、漁業権などの問題があり、鳥羽は単独のホテルだけとなって、総合リゾート開発は「合歓の郷」の場所に移行して続けられたのでした 12。
次回はさらに半島を北上し、読者の皆さまにも馴染みのある鳥羽エリアに入っていきます。
1988年に策定された三重サンベルトゾーン構想は、スペインのリゾート地をモデルに開発が進められた。現在もスペイン南東部に位置するバレンシア州と姉妹提携を行って、リゾートのお手本として調査・交流が行われている。
・三重県|国際交流(友好・姉妹提携):スペイン・バレンシア州 ↩︎テーマパーク「パルケエスパーニャ」が中核。「ホテル志摩スペイン村」、温泉施設「ひまわりの湯」が付帯する。バブル崩壊に伴う計画変更などの沿革は、Wikipediaに詳しい。
・志摩スペイン村 - Wikipedia ↩︎30年の歩み - Historia de 30anos | 【公式HP】志摩地中海村 - 英虞湾の絶景とアラビックスタイル天然温泉のリゾートホテル ↩︎
ヤマハリゾート合歓の郷としてヤマハリゾートによって開発。2007年に三井不動産に売却され、現在、公式には「NEMU RESORT」と称している。
・ヤマハ株式会社所有の4リゾート施設取得に関する基本合意について(三井不動産報道発表PDF)
・ヤマハが三井不に、赤字リゾート施設売却、経営資源を集中。 | NIKKEI COMPASS - 日本経済新聞
・NEMU RESORT - Wikipedia ↩︎キロロリゾート マウンテンホテル / ホテルピアノ | ヤマハ開発のキロロ、シェラトンからクラブメッドに | 会員制ホテル今昔物語 – resortboy's blog – リゾートホテルとホテル会員制度の研究 ↩︎
ヤマハ由来の「HOTEL NEMU」(旧・ホテル合歓)は営業中であるものの、アマンを三井不動産が誘致して2016年に開業した「アマネム」のイメージが今は強くなった。
・アマネム公式サイト|三重・伊勢志摩の温泉|アマネム-Aman ↩︎合歓の郷同様に現在は三井不動産が手掛ける。開業60年だが絶好の立地と歴史を大切に三井は投資を継続し、60周年を記念したリニューアルにおいては、クラブラウンジが新設された。
鳥羽国際ホテル【公式サイトでの予約は最低価格保証】
・【2024年3月25日(月)】リニューアルオープンのご案内 | 鳥羽国際ホテル【公式】 ↩︎ヤマハはその多彩な事業展開の歴史をコーポレートミュージアムで公開しているが、そこに譲渡済みのリゾート施設の展示は一切ない。しかし、以下の記事を読むと広報セクションにおいては「一応」把握しているようで、わずかに鳥羽国際ホテルの話が登場する。ただ「YAMAHAのコピペ」にリゾート開発のくだりはない。
・「YAMAHAのコピペ」ってどこまで本当なの? ヤマハ本社に聞いてきた | i:Engineer(アイエンジニア)|パーソルクロステクノロジー
・企業ミュージアム『イノベーションロード』 - 7月3日(火)オープン、6月19日(火)から、見学の予約を受け付け開始 - - ニュースリリース - ヤマハ株式会社
・コミュニケーションプラザ | ヤマハ発動機
・ヤマハリゾート - Wikipedia ↩︎