Go Toキャンペーンの危険な現実

10月から東京都もGo Toトラベル事業の対象となり、レストランを対象としたGo To Eatもはじまりました。さらに先週からは都民向けの都内旅行の助成「もっと楽しもう!TokyoTokyo」も開始され、ホテル好き、旅行好きにはまさに「祭り」のような状況が続いています。

しかし、ちょっと「乗り切れない」と思っている方もいらっしゃるのではないでしょうか。自分も毎週どこかに出かけてこれらのキャンペーンの恩恵に浴していますが、何か違和感、不安と言ってもいいかもしれない、言い知れない感覚にとらわれています。

今日はそんな感覚を読み解くカギになるかもしれない、心理学の話をしてみましょう。

心理学者、エドワード・L・デシは、「外発的動機付け」と「内発的動機付け」の関係性を理論化したことで知られています。その最も有名な言説は、

外から与えられる報酬(外的報酬)が、内発的なモチベーションを低下させる

というものです。

僕のサイトをご覧になっている方は、リゾート会員権といったホテルの会員制度を利用して旅行を日常的に行うタイプの方が多いでしょう。そういう方々のスタート地点は、純粋に「旅をしたい」とか「日常から離れてリフレッシュしたい」というものであったと思います。そしてそれを効果的に行う手段として、会員制度などを研究するようになった(その結果、僕のサイトを訪れるようになった)のではないでしょうか。

デシの考え方を当てはめれば、「内発的動機付け」をベースに行動が組み立てられていた、という言い方ができるでしょう。決して、「お得だから」が先行していたのではないはずです。

ところで、旅行の世界には、リゾート会員権に過大な先行投資をしたり、「ホテル修行」「エアライン修行」というような一般的には倒錯したような世界に突入してしまうケースが見られます。これは一見、経済的利益による「外発的動機付け」のように見えますが、そうではありません。

リゾート会員権で言えば、僕が昔からよく話している「損してもいいからお得に泊まりたい」という(半ば冗談の)格言に表されているように、経済合理性はかなり希薄です。会員権を買っても数年で使わなくなる人が多数いることからわかるように、多くのケースで会員権取得自体が目的化しています(そうでないと、中古価格の低迷を説明できません)。また「修行」の類も、ステイタス取得そのものを目的としているという意味で、むしろ純粋な「内発的動機付け」のように思われます。

話をGo Toキャンペーンに移します。このキャンペーンは「今だけお得だから」とか「(周りが得をしているので)自分もやらないと気が済まない」というような、かなり強い「外発的動機付け」に該当します。「旅」という内発的なものでドライブされる種類の行動を、かなり強引な外からの刺激で喚起しようとする点で、研究対象としてはなかなか興味深いものなのではないでしょうか。

一部の地域や施設に人気が集中しているというGo Toトラベルキャンペーンに対する批判も、このデシの理論できれいに説明が付きます。

リゾート会員権はどのような影響を受けるでしょう。代表格である「エクシブ」を例に取ると、ゆとりある施設と会員制であるもともとの安心感をベースに、感染症対策がしっかりと行われているという新たな安心感が加わったことで、コロナ禍という負の要素があった内発的な動機付けが補完され、ウイズコロナ時代の好ましい旅先として推奨される、という論調がありました(このブログでもそのようにお話をしています)。

しかしそれがいつしか、Go Toキャンペーンの登場によって「お得だから行く」というふうに、論点がすり替わってしまっていることを感じます。いつの間にか、動機が置き換わっているようなことはないでしょうか。

デシは、外的な報酬が内発的なモチベーションを低下させることを発見し、著書でこう書いています。

外から動機づけられるよりも自分で自分を動機づけるほうが、創造性、責任感、健康な行動、変化の持続性といった点で優れていたのである。

Go Toキャンペーンのような「劇薬」によって外発的動機付けが強くなりすぎると、それが失われた時、「お得感がないから行きたくない」といつの間にか考えるようになるのが人間の性行のようです。

Go Toキャンペーンは旅行業にとって、実は危険なキャンペーンなのではないか。そんな気持ちがよぎります。

かつてこんなことがありました。エコポイントという制度によって薄型テレビが飛ぶように売れた結果、数年で日本の家電業界から売れ筋ラインの薄型テレビがほとんど一掃されてしまった、という歴史です。

僕の住む街にある高級ホテルも、週末は驚くほど賑わっていて、かつてのロックダウン状態がうそのようです。しかし、祭りが終わった後も、人々は旅を続けるでしょうか。

(参考)「家電エコポイント」が家電メーカーの衰退を招いた? 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

7 comments

  1. resortboyさん
    私もホントにこれでいいの?と疑問に思っていました。
    今の宿泊費がお得であればあるほど
    元に戻った金額がが高く感じでしまいますよね。
    しかも東京都の「都民は更に5000円引」のせいで予約殺到
    空きが少なくなったのか、ここ数日で
    金曜土曜の料金が上がってしまったホテルがいくつもあります。
    都民でない私は予定していた日がどれも高騰してしまい
    すんごい迷惑です。
    都民割、何で go to の後にしないんだろう…

    ちなみに神奈川割は一部の旅行会社経由でないと対象になりません。
    都民割より割引率が良い場合もあってお得なのですが
    外資系ホテルの会員制度は、直接予約でないと実績が付かないので
    利用する機会が無いです。

  2. resortboyさんの本領発揮の鋭い分析ですね。
    「旅をしたい」という内的動機が薄れ「お得だから」泊まる、と(私自身)変質してきています。この激安価格に慣れてくると、もう元の価格では泊まれなくなってしまいます。

    実は、エアラインのマイルやホテル会員のポイントも大キャンペーン中です。よってgo to 等の割引価格の上にホテルポイントを重ねると実質「無料宿泊」さらには低価格ホテルに至っては「泊まればもうかる」という異常状態です。ラウンジのある高級ホテルに泊まれば上級会員は無料飲食できますので、週末はラウンジ大盛況となります。

    コロナ惨禍の一時的なカンフル注射のつもりではじめた劇薬はもう止められない、止めたら旅行業界が死ぬ、そんな危険な状態に入っていくのでは?
    と危惧しながらgo to の恩恵をたっぷり受けて旅行しています。

  3. リラックマ大好きさん、funasan、コメントありがとうございます。

    いずれこのGo To問題は研究者などによって検証されるでしょうが、おそらくはまともな検証にならないでしょうね。リラックマ大好きさんがご指摘のように、一連の助成は、一部の旅行会社、具体的にはJTBをはじめ、日本旅行や近畿日本ツーリストといった、従来的な観光業を支えてきた旅行業者を「生かす」ための力が働きすぎていて、OTAや直接予約といった時代の流れがむしろなおざりにされています。

    日本の観光学はこうした古い考えに基づいていますし、アカデミアそのものは日本学術会議の例でもわかるように義理人情ベースのヤクザな世界なので、Go To事業が残す禍根について積極的に論陣を張るリスクを取る研究者はいないでしょうね。

    日本の政治は、従来的な体制、具体的には大会社を温存しようとする力が強すぎるように思います。それは新しい力が伸びる芽をつぶすことになっているし、一方では国民のマインドにも合致しています。

    考えれば考えるほど憂鬱な話です。だって、いろいろな助成金は、結局は税金で後から徴収されるんですよ。

    自分はできることとして、この記事のタームで言えば、「外発的動機付け」ではなく、「内発的動機付け」に寄与するような活動を地道にやっていきたいと思います。それはこのサイトをご覧の皆さまの協力なくしては成り立ちません。

    ご自身の体験や僕の記事を読んでお気付きになったことをコメントとして共有いただくこと。それこそが継続的に観光業を支援することにつながるんじゃないか。そんな風に考えています。

  4. resortboy様

    なるほど納得です
    感じていた違和感の正体がわかった気がします
    先週、青森に行き
    奥入瀬渓流、十和田湖、八甲田の紅葉を観てきました
    JRの特だ値スペシャルを利用すると新幹線も半額 夫婦2人で2泊しても10万円以下
    なのです
    この上無くお得で楽しい旅は、最初の晩の
    夕食で、早くも破綻しました
    おそらくは、数時間前から並べてあった皿の数々と食卓に、簡易鍋が二つ 生の豚ロース切り身に味噌だれが付いているものと、同じく牛肉と野菜がのせてある鍋
    味付けはほとんど無し
    正直、調理した品が一つも無いのです
    夕餉の匂いもしません
    調理師が不在なのだと思います
    人手も減らしてしまっている
    コロナ禍での地方の疲弊は、想像を超えて凄まじく GO TOトラベル割引を利用したとしても高いものに付いた気がしました
    また、クーポンも利用出来る商店がほとんど無いのです
    2軒目の宿も、チェックイン時間になっても清掃が終わらず なかなか部屋に入れませんでした
    様々な割引を利用して、楽しくお得なのは
    ある程度、名前の知れた観光地だけなのでは? と気が付きました
    紅葉は無敵な程、素晴らしいものでしたが
    もう一度行きたい とは
    残念ながら思いません

    この体験から、エクシブの料金は、元に
    戻ったとしても適正に感じる事が出来ますが、他のところは?どうだろう?
    確かに厳しいかも
    と考えます

    正に外発的動機付けは、選択を間違わせ
    後悔しか残さない気もします

  5. GoToに関しては私も疲れ気味で、このキャンペーンに違和感を覚えながらも、振り回されている自分に情けなさも感じていました。

    期日を前倒しして、ある意味強行スタートしたこのGoTo トラベルは、各自治体の長が慎重に身近な旅行から始めようとしていた「県民割」にも水を差しました。

    hiroさんの、「コロナ禍での地方の疲弊は、想像を超えて凄まじい、また、クーポンも利用出来る商店がほとんど無い」というコメントは、私も先週九州を旅行して痛感しました。

    パック旅行ではなく、「以前から気になっていた宿にお得に泊まる」目的の個人旅行でしたので、それなりに満足のいく旅にはなりましたが、手にしたクーポンは電子クーポンで、道の駅さえ紙クーポンのみだったりして、使い切るのにかえってストレスを感じたり・・・結局レンタカー以外はホテル内で使い切りました。

    政府は1月末期限のこの事業を、延長する方向で調整に入ったそうです。
    「予算がなくなったからやめるというのではなく、全体の状況を見ながらやっていきたい」って、意味が分かりませんが、GoTo 終了後、京都の静かな冬の旅を計画していたのに、正直、もうやめていただきたいし、予算は他のコロナ対策に回して、税金の公平な使い道をそれこそ「総合的、俯瞰的」に打ち出してもらいたいものです。

  6. とても示唆に富む興味深い記事をありがとうございます。
    勉強になりました。

    最後の問いかけというか警告については、私は少し楽観的です。
    それは、旅行はテレビのような耐久消費財ではないからです。
    旅行や食事は、モノではないため、消費したら経験(記憶)が残るのみです。
    そして、旅行者のシチュエーション(新婚旅行や卒業旅行等の記念旅行なのか、誰と行くのか、どの季節か等)によって、同じ場所でも違った経験になります。
    従って、期間限定のGoToキャンペーンにおいては、耐久消費財のような需要の先食いということは、旅行好きの人にはあてはまらないのではないかと思います(旅行好きの人にとっても、一生に一度行けたら良いと思っている行き先であれば、需要の先食いはあると思います)。

    とはいえ、GoToキャンペーンは劇薬ですから、キャンペーン終了後の需要の落ち込みはかなりのものと想像します。
    コロナ禍が過ぎ去るまでは、何らかの旅行促進策が引き続き必要なのではないかと思います。
    官僚のみなさんには知恵を絞っていただいて、税金を大量投入するGoToキャンペーンではなく、それこそ内発的動機付けを刺激するような施策を期待したいと思います。

  7. hiroさん、青森行きのご様子をコメントいただきましてありがとうございます。地方の疲弊ぶりが伝わってきます。

    コメントに出てきた「お先にトクだ値スペシャル」については、以下の記事をご紹介しておきますね。

    Go Toキャンペーンと併用OK!JR東日本の新幹線&在来線特急が半額に「お先にトクだ値スペシャル」|まっぷるトラベルガイド

    blueroseさん、地方の電子クーポンはまだ未整備のようですね。東京では先週あたりから割と普通に使えるようになっていて、Go To Eatとの組み合わせもできるようになってきました。

    Go Toトラベル事業の延長については、支持する層(観光関係者)が多そうですし、予算も余り気味で延長する方向性のようです。

    (参考)来週にも首相が経済対策指示、給付金やGoTo延長で10兆円規模=関係筋 | Reuters

    michiさん、僕の「勝手に研究」的な記事を楽しんでいただいて筆者冥利に尽きます。

    「何らかの旅行促進策」…。難しいところですよね。

    いま行われているのは、税金(公金)を低迷する観光業界に移転しているだけで、これからの観光のあり方を模索したり進化させるためにお金が使われているわけではない、というところが問題ですよね。

    これから延々と続くウイズコロナ時代に向けて、新しいコンセプトを打ち出して市場を作って、かつ、稼働率が下がっても利益が出るように自己改革していかないといけないのに、Go Toトラベル事業は、その努力をむしろしなくて済むように働いているのが問題かと思っています。

    そういう意味では、早い時期に「マイクロツーリズム」というコンセプトを打ち出して、実際に成果も出している星野佳路さんは、さすが一味違うんだなと思いました。

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