「不老階級」と「不要階級」

世界経済フォーラムにおけるコンセプト・メイキングの主要論者に、イスラエルの歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリがいます。彼の2015年の著作「ホモ・デウス」がそのコンセプトの下敷きになっていますが、今日は同書の書評をテキストに、「中学受験」、「funasan日記」、そして彼の言う「Useless class(無用者階級)」といったキーワードを結び付けながら、週末のひととき、トーキョーベイを眺めながら考えてみたいと思います。

人工知能は役立たず階級を生み出すか?--『ホモ・デウス』書評(評者・井上智洋)|Web河出

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ちょっといきなり唐突ですかね。実用情報にしか興味のない方はそっ閉じしてくださいね。

ではまず、「中学受験」から行きます。

今月、いっしょに暮らしていた大学生の娘が一人暮らしをはじめたんですね。シングルファーザーとしての僕の子育ても一段落といったところです。それで、ご存知の方もいるかもしれませんが、僕はかなり中学受験に足を突っ込んだ父親だったんですね。

当時、疑問だったのは「どうしてこんなに医学部人気が高いのだろう」ということだったんですが、いま振り返ると、それは相当に正確な「先行指標」であったのかも、と思えるんです。それはなぜか、以下でなんとなく説明しますね。

次に、最近このサイトで熱心に取り組んでいる舟橋栄二さん(funasan)の連載についてです。ここでは「長寿と健康」というテーマをここのところ中心的に取り扱っています。funasanとは多くの議論を重ねながらともに連載を発表しているんですが、編集者である僕の立場から申しますと、「健康」とは、このサイトで(結果的に)取り扱っている富裕層のライフスタイルにとっての最重要テーマであるという問題意識があるわけです。

それは平たく言うと、カネがあれば長生きできる、ということにつながるんですが、話はそう単純ではありません。リタイア世代とミドルエイジ、まだ20代では、それぞれに「カネと健康」というテーマのニュアンスが異なってきます。

最後にハラリの「Useless class(無用者階級)」について。これは上記の書評から、ハラリ自身の言葉で引用したいと思います。

二十一世紀の経済にとって最も重要な疑問はおそらく、膨大な数の余剰人員をいったいどうするか、だろう。ほとんど何でも人間よりも上手にこなす、知能が高くて意識を持たないアルゴリズムが登場したら、意識のある人間たちはどうすればいいのか?(ハラリ『ホモ・デウス』)

二十一世紀には、私たちは新しい巨大な非労働者階級の誕生を目の当たりにするかもしれない。経済的価値や政治的価値、さらには芸術的価値さえ持たない人々、社会の繁栄と力と華々しさに何の貢献もしない人々だ。この「無用者階級」は失業しているだけではない。雇用不能なのだ。(ハラリ『ホモ・デウス』)

ここで今日のキーワードを一気につなげてみます。これは無理やりですけれども、まぁ皆さんに、何か考えるきっかけにでもなれば、と思うわけです。以下は、僕の戯言です。

AIなどのテクノロジーの進化で、人々の労働環境は大きく変わりました。スマホで各種の注文や手続きはコンピュータに対して直接行われるようになり、それまでの人間の労働の多くが、単なる伝言ゲームに過ぎなかったことが浮き彫りになりました。

一方で人手不足を背景にロボット化も進展。ファミレスでは今やホール係すらあまりいらなくなりました。ホテルのチェックインもスマホやマシンで十分です。

ハラリの言う、雇用不能な無用者階級(=Useless class)の増加は世界的な問題で、今や低価格な労働力は価値を失ってしまい、それら人々を「どうもてなすか」が権力階級にとって大きなテーマとなりました。

日本において、権力階級を構成するのは主に官僚であり、もっと言えば東大文一ですが、政治家の劣化と官僚のブラック職場ぶりに法学部人気はダダ下がりとなりました。

一方で、高齢者の増加と国民皆保険でビジネス需要が継続的に保証されている医学部人気は、長期に渡って爆上げとなっています。ここ数年はコンピュータサイエンスが急速に人気化しましたが、日本の大学でそれを学んだところで積極的な意味はありませんから、一過性の流行に終わるでしょう。

中学受験とは、将来の椅子取りゲームに我が子を参戦させたくない親心が生んだ、前倒しの椅子取りゲームです。Useless classに我が子を追いやらないために最も確実なチョイスが、医学部進学だったのかな、と、今にして思います(もちろん、これは単純化した「煽り」なので話半分に聞いてくださいね)。

さて、その医療分野では何が起こるでしょう。先の書評から引用します。

神戸大学の松田卓也名誉教授は、『ホモ・デウス』の描く未来を「不老階級」と「不要階級」の分化としてまとめている。「不老階級」は、実際には不死にまでは至らないにせよ肉体をアップグレードしながら末永くハッピーに生きる。「不要階級」は、仕事がないがために貧しく、生まれたままの肉体をこれまで通り老化させながら慎ましく死んでいく。

おっと、今日の話題は、自らの命の長さに関わっているという話に発展してしまいましたね。これはfunasan日記の今のテーマと同じですし、お子さんに対しては、「よい教育」を施して我が子を「不老階級」にしたい、と思うのは必定でありましょう。

今後、近代国家はUseless classのための政策を次々と発表していくでしょう。それはデジタル技術を背景にした「配給」によって人々が養われる管理社会なのかもしれません。

折しも、今後の「全国旅行支援」で、ワクチンの3回接種か陰性証明を提示するという利用条件が撤廃されることが決まりました。

(報道)旅行支援ワクチン証明不要 5類移行の来月8日から – 日本経済新聞

振り返ってみて、これを国家が実践した健康管理プログラムのプロトタイプだったと見る向きもあります。わずかな金銭をインセンティブとして与えることで、安全性が不明な異物を人々が喜んで人体に投与する経験を、国民も国家も積みました。今後、SDGsの錦の御旗の下にUseless classを間引くのなら、そうした施策も将来的に必要かもしれないですね。

まぁ何が言いたいのかわからないような文章ですみませんが、読者の皆さんが残念なことにUseless classになるのであれば、少し国家と距離をおいてものを考えたほうがいいのではないかと思いますし、健康についてはfunasan連載で深く考えていきたいですし、また家庭教育に関しても、自分の経験から何か思うことがあれば発信したいな、なんて思ったりしています。

最初から最後まで、戯言ですみません。子育てを終えた僕もまた、権力者から見ればUseless classなのでしょう。

さて、仕事に戻りますか。

5 comments

  1. resortboyさま

    過激な論考を非常に興味深く読ませていただきました。
    かつても同じ様な論議が「労働階級」についてなされていたかと存じます。
    戦後の日本でも大量の工場労働者や農家の子供達が教育≒学歴(中卒)の力で金の卵となり、高度経済成長を支え、その後の一億総中流社会の形成の中で、高校進学率がほぼ100%となるまで上がり続け、大学進学率も上がり、三次産業や六次産業、ソサイエティ5.0を支える人材を輩出してきました。
    今回の転換点を支えるのは教育でしょうか?それ以外の何かでしょうか?それとも何も支えてくれず、日本は、世界は衰退していくのでしょうか?
    先行きに不安を覚えざるを得ませんが、何らかの手立てがでてくると良いと思います。高等教育の無償化ですかね?
    断絶社会の未来は暗いでしょうから。
    ただ、個人的には幼児教育の質の向上の方が急務だとは思います。

  2. 会員権検討中☆さん、このような、僕のサイトでは異色の話題にコメントいただいてありがとうございます。

    ご指摘の、教育が大事というのはまさにその通りだと思い、完全に同意します。レイ・ダリオは「THE CHANGING WORLD ORDER」の中で、強大な力を持つ大国の興亡がどのようなプロセスを経るかを、以下の18ステップに分類しています。教育は3番目に出てきます。


    (出典:Principles for Dealing with the Changing World Order: Why Nations Succeed and Fail

    僕は洋書を読めるほどに英語はできないので、早く邦訳が出ないかと心待ちにしているのですが、YouTubeにはダイジェスト動画があって、それで概要がわかります。その中では上記プロセスが8段階に簡略化されて紹介されており、教育はその1番目に来ます。


    (出典:Principles for Dealing with the Changing World Order by Ray Dalio – YouTube

    別のところでも書きましたが、僕は教育に関してさまざまな切り口からなんとか社会貢献ができないかと考えていますが、力及ばずで何もできていません。

    ともあれ、このような話題にコメントいただけて、ありがたいと思うほかはありません。まずは僕が勝手に学んでおります。皆さまへの恩返しはだんだんと…。

  3. 最初にこちらの投稿があってから、どのようにコメントしようか(あるいは、しまいか)、
    頭の中にあることを言語化するのは難しく、悩んでおりました。

    そんな折、「THE CHANGING WORLD ORDER」のご紹介があったので
    ライトにコメントさせて頂きます。
    (実は私も数か月前にkindleで購入したものの、洋書のため、あまり読み進められていない状況でした、、、youtubeのご紹介ありがとうございます)

    レイダリオは日ごろから、アメリカの現状と今後について言及していますが、
    現在は15番の位置にいることが明らかですね。

    次は16番となるわけですが、まさに今、債務上限問題で揺れている状況と符号しています。
    ただ、今回はまだ早いように思い、もう少し政治的に混沌としてから(17番とセットで)起こるような気がします。

    そして、次の覇権国はどこになるのでしょう。

    リーダーシップという点では物足りないのですが、
    教育水準、品格、テクノロジー、地政学的な側面などを考えれば、
    日本(日本人)にも、その資格があるようにも思いますが難しいでしょうか。

    もし彼の言うように中国だとして、
    仮に米中間の軍事衝突が起きるとすれば、日本は影響を受けることが避けられませんから、そうならないことを祈るばかりです。

    まとまりなくつらつらとコメントしてしまいました。
    長くなりましたのでこの辺で。

  4. resortboyさま

    好き勝手に書かせていただいたコメントにお返事いただき、ありがとうございます。
    日々の暮らしの中で、国家や社会の変化よりもその中に生きる一人ひとりの人間の幸せに意識が向いてしまう私個人としましては、この世の中や世界がゼロサムゲームではなく、win-winの世界に近づくと良いと思ってきました。そのためには不要階級に押し込められる人が一人でも少なくなることが大切であるし、不要階級の人々を「どうもてなすか」にかけるコストを、不要階級と不老階級の断絶を埋める人材を育成(教育)するために効率よく振り分けることが重要なのではないでしょうか。

    のりパパさんの指摘される⑮の段階にある米国が(日本も?)⑯⑰をウロウロしながらも⑱をすっ飛ばして次のステージの②や
    ③へ到達してくれ、覇権争いよりも、共存共栄に目を向けてくれることを祈ります。
    今の技術力で、最終戦争を始められてはたまりません。

    まだ「THE CHANGING WORLD ORDER」を読めても、YouTubeを観てもいないため、もし見当外れなことを書いていましたらご容赦ください。

  5. のりパパさん、またもや思考がシンクロしているようで、面白いですね。

    会員権検討中☆さんご指摘のように、米国の頑張りに期待するしかないと、僕も思っています。

    中野剛志さんは、今を「恒久戦時経済」と名付けていますね。これが僕にはいちばんしっくり来るネーミングです。もう戦争だし、ずっと戦争。インフレと言っても世界の分断によるコストプッシュインフレなので、デマンドプルインフレと違って生産性を向上させて経済拡大するのではなく、経済を縮小させて均衡を取ることになり、値上がりの一方で景気が悪くなると。

    日本はデフレに体が慣れすぎているので縮小思考が強そう。お金の行き場がないので都市圏の不動産(特にマンション)が爆上がり。前倒しの教育ニーズでサピックスの座席も奪い合い。

    ちょっとこのサイトの取り扱い範囲を激しく逸脱しましたね。まぁ雑談ということで。

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