2020年12月に東京で開催した勉強会の講演録の9回目です。前回は、現代のリゾート会員権の価格を構成する要素について説明し、それを購入して「権利」を得た会員の利用動向を分析することで、会員権ビジネスが収益を生み出す構造を明らかにしました。今回は、会員が得た権利に経済合理性があるのかを、さまざまな角度から検証します。
(第1回)リゾート会員権論 1「はじめに・基本的性質」
(第2回)リゾート会員権論 2「預託金制と共有制」
(第3回)リゾート会員権論 3「リゾートブーム・会員権利用の2つの軸」
(第4回)リゾート会員権論 4「エクシブが起こした革命」
(第5回)リゾート会員権論 5「バブルの破綻物件がビジネスを変えた」
(第6回)リゾート会員権論 6「現代のリゾート会員権ビジネス」
(第7回)リゾート会員権論 7「独特なビジネスモデルとその特色」
(第8回)リゾート会員権論 8「高収益ビジネスの中身」
resortboy:このパートのテーマは「権利」ということなので、いま話題にしている「稼働率」に注目して、会員の利用との関係について、話を進めていきます。
こちら(前回の最後の画像を参照)のスライドでわかるように、「高級旅館ホテル」タイプ以外の会員制リゾートホテルの年間稼働率は、およそ4割くらいです。つまり、一部ホテルを除いては、意外と使われていないということが言えます。
そのため、会員権の契約範囲を超えて利用を促進する制度が生まれました。リゾートトラストでは「サンクスフェスティバル」と呼ばれる利用促進策です。会員でさえあれば、取得した「権利」を使わなくてもホテル利用ができるようになっています。
(画像出典:リゾートトラスト)
スライドのここに書いてありますが、「占有日(権利泊数)を使用することなく、ご利用になれます」とあります。エクシブの場合はホテルで食事をすることが条件ですが、泊数制限はありません。一方、ベイコート倶楽部では、食事の条件はありませんが、泊数制限があります(注:年間12泊タイプでは12泊、24泊タイプでは24泊まで)。
このことから分かるように、先ほど4000万円の会員権について中身を見ましたが、それを「4000万円分使い尽くす」といったことにはなっていません。皆さん会員権を買っても、現実にはそんなに使ってないんですね。だからこのように、契約上の「権利」を上回る利用ができるような運用が、契約外で公式に行われるようになりました。
(注:このように、「買ったのに使わない」ということを前提にビジネスが組み立てられているところに、現代のリゾート会員権ビジネスの特異性があるように思われます)
(注:このサンクスフェスティバルのような制度から分かることは、エクシブのノーマル26泊タイプやベイコート倶楽部の24泊タイプにもはや存在意義はなく、エクシブのバージョン13泊タイプやベイコート倶楽部の12泊タイプで「グレードを確保」すればそれで済む、ということです。泊数の多い会員権は会員権価格が高いばかりか年会費や租税公課などのランニングコストも2倍ですから、稼働率が低い状況においては所有する積極的な意味はありません)
それで、「どうしてこんなに高いものが売れるのかな」っていう風に思うんですね。「権利」を得るために買っているのだと思うと、なかなか経済合理性の説明が付きません。むしろ「買うということ自体」に目的が向いているような気がしていて、それは次のパート「心理」というところで掘り下げてみたいと思いますが、ここでは経済合理性についてさらに見ていきます。
(写真は隣の街区から見下ろす横浜ベイコート倶楽部とザ・カハラ・ホテル&リゾート横浜。中央がこのホテル建設事業の名目であるMICE施設、パシフィコ横浜)
そこで、ここでは東京ベイコート倶楽部や横浜ベイコート倶楽部の「ラグジュアリースイートの12泊タイプ」と言うのを例にしてみます。少し細かい話になりすぎて申し訳ありませんが、このラグジュアリースイートの12泊タイプというのが一番有利な会員権だ、という考え方があるという前提で紹介しています。
それはなぜかというと、このタイプの会員権だと、エクシブで一番グレードの高いスーパースイート(Sクラス)のお部屋が、(使い方によるものの)ほぼ使い放題みたいな感じで利用できるからです(注:この制度について詳しく話す時間はなかったので、この前提のバックグラウンドとなる考え方については、説明を省略しています)。
この会員権で利用できる東京と横浜のお部屋のルームチャージには、17,000円から33,000円(税抜き。税サ込みだと20,570円~39,930円)までの幅があって、これらに会員権の取得費だとか、年会費などが追加でかかっていることになります。このタイプの年会費は税込18万円程度です(注:184,800円)。
これを、同じ場所にある「カハラ横浜(ザ・カハラ・ホテル&リゾート横浜)」の一般利用と比較することで、経済合理性について検証してみようと思います。
先ほども説明しましたが、リゾート会員権の特徴として、利用価格が年間で固定であるという性質があります。逆に一般ホテルはそうではなくて、利用価格に柔軟性があります。それで昨日(12月11日)、今日のために一例を検索したものを持ってきました。AgodaというOTA(Online Travel Agency:オンライン旅行予約サイト)のものです。
(画像出典:Agoda。2020/12/11)
横浜ベイコート倶楽部というのは会員制ホテルなんですが、一般ホテルのカハラ横浜とは同じ建物で、レストランなどの施設は共用しています。普通の概念で言えば、同じホテルと言ってよいと思います。その一般利用で一番安いお部屋は、23,043円と表示されていました。Go Toトラベルの割引があるにしろ、安すぎるなと思ったのでさらに確認すると、税金とサービス料を入れて35,333円でした。これに地域共通クーポンが10,000円もらえるので、実質はおよそ25,000円。
(画像出典:Agoda。2020/12/11)
これは1番狭いお部屋だといっても、横浜ベイコート倶楽部の一番安いお部屋と内容はほぼ同じです。同様の条件でベイコート倶楽部会員のGo Toトラベル割引の額を計算すると、13,371円でした。地域クーポンが3,000円なので実質およそ10,000円(注:ベイスイート1ベッドルームの場合)。これに年会費などのオーバーヘッドがかかってきます。18万円の年会費で年9泊なら1泊プラス2万円です。すると一般利用よりも高くなりました(注:会員権の取得費や会員が負担する固定資産税は勘案していません)。
このように数千万円出して会員権を買って利用した場合と、そうでない一般利用を比較して考えると、会員権による経済合理性というものについては、「ない時がある」と言わざるを得ないことがわかります。
実は、さらにもう1つ問題があります。
現代のホテルビジネスにはいわゆる「User Generated Contents」と呼ばれる口コミサイトが深く関わっています。代表的なサイトが「トリップアドバイザー」ですが、こちらのスライドはそこからの引用です。
(出典:トリップアドバイザー)
この口コミによれば、「カハラグランドハーバービュー」という下から2番目のカテゴリーで予約していたら、無料アップグレードされて、2ランク上の「プレステージコーナー」というビューバスの付いたお部屋に泊まれた、という体験が書かれています。
実はリゾート会員権では、この「アップグレード」という当たり前のサービスが、どうしても提供できない仕組みになっているんです。それは会員権というものが、お部屋のグレードで値段を分けて販売されているからです。
ですが、僕が日ごろ一般のホテルを使っていて感じることですが、このアップグレードというサービスは「しないほうがおかしい」という時代になっています。ホテル側としては何も失うものがないわけです。もともとお部屋は空いているのだし。だから、一期一会のお客さんに良いサービスをしてあげて、よい口コミを書いてもらった方が、双方にとってメリットがあるわけです。
ただ、その塩梅は非常に難しいところで、それをやりすぎると自分(ホテル側)の首が絞まってしまうというところに、この「ネット上の情報とホテルのカテゴリー販売との危うい関係」というのがあって、なかなか面白いもんだなと思うんですね。
(関連記事:有馬離宮からUGCとホテルの互助性について考える – resortboy’s blog)
横浜ベイコート倶楽部とカハラは同じ建物のホテルなので、このように同一条件で比較することができて、会員制ホテルとして経済合理性を説明するのは難しそうだということがわかりました。
では一体、リゾート会員権の経済的な強さというのはどこにあるんだ、という話をしてみたいと思います。
このスライドは、高級ホテルの予約サイトである「一休」から採ってきたものです。「予約が取れる箱根のいいホテル」の代表として「強羅花壇」をピックアップしました。
(画像出典:一休。2020/12/11)
このホテルを例に取ると、Go Toトラベルを使っても、一番安い日取りで2人で13万円台、という価格帯なんですね。おそらく会員の皆さんは、こうした高級旅館との対比においてコストパフォーマンスに魅力を感じて、エクシブ箱根離宮を利用されておられるのだろうな、と理解しています
(注:エクシブ箱根離宮を1室2名1泊2食で利用した場合の平均的な利用額は、税サ込の通常価格で5~6万円程度。同施設の契約者で平日利用だと1名分の夕食が無料になるのでさらに安くなる)
ここで先ほどのグラフをまた出しましたけれども、この辺(高級旅館ホテル)のグループは、みんなそういった概念で捉えられて、高い稼働率を維持しているのだろうと考えられますし、逆にコスパの面からもこの高い稼働率の説明が付きます。
つまり、これら「会員制高級旅館ホテル」グループの高いコストパフォーマンスが、現代のリゾート会員権ビジネスの成功を後押ししてきたと、ここでは結論付けたいと思います。
問題は、こちら(グラフ左下)の「新しくて稼働率が低いグループ」です。これらのホテルは真新しい今の段階でも稼働率が大変低いので、これから年月が経ったらどうなるのか、ということに対して、運営会社がどう考えているのかという点については、非常に興味があります。
最後に、このパートのまとめとして「リゾート会員権を購入する経済的な意義」と題したスライドをご覧ください。
まず、別荘との対立軸としてのリゾートホテルについては、リゾート会員権ビジネスが歴史的に生み出した「豪華な施設」への対価をどう見るか、ということになります。一般のホテルには対応するものがありません。
しかし残念ながら、こうした従来的なリゾートホテルをベースにした会員権ビジネスはすでに衰退してしまいましたから、今後は老朽化の一途だろうと予測しています。この問題については、パート4の「出口」で再度お話しします。
ベイコート倶楽部に見られるシティホテルとの対立軸では、会員制ホテルは経済合理性を欠いています。価格柔軟性が非常に富んでいるのが今のOTA時代のシティホテルの特長ですし、OTAが密接に関わるアップグレードの問題も加味すると、このジャンルの会員制ホテルに経済合理性を見出すのは困難です。
(注:本記事では、会員制、一般の双方の経営スタイルのホテルを、同じ場所で同じ会社が運営している稀有な事例を通じて、たとえ同じ会社が運営したとしてもこのような結果になることを示しました)
最後に、圧倒的なコストパフォーマンスを発揮しているのが「高級旅館ホテル」という概念です。これは非常に日本的なものだと思うんですが、高級旅館との対立軸においては、会員制ホテルには大いなる経済合理性があると考えられます。
(注:この記事で検討している経済合理性の議論では、会員権の取得価格を考慮していません。そのため現実問題としては、中古の会員権を取得して初期コストを抑える工夫をした上で、上記のようなコスパの高い利用法を選択し、さらにそれを繰り返し利用する、というのが、「総合的な経済合理性」を確保するために必要なことです)
(第2部終わり)
(第3部へ続く)リゾート会員権論 10「リゾート会員権産業の今後の展望」
離宮のラージ持ちなのですが
エクシブの他離宮でアップグレートしてもらったことがあります。
その日は秋の連休、もの凄く混んでいる日で
「ご予約のお部屋が空いていないのでスイートで」
珍しいねぇと喜びましたが、実際は…どこが?
広さはラージの範囲内で泊まれる部屋とほぼ一緒。
スイートの一番狭くて使い勝手の悪い不人気の部屋でした。
ラージの部屋の方が良かったと思える、あれれ?な部屋。
これならスイート持ちの人も文句言わないはずです。
アップグレートというより
部屋を振り分けていたら、こうなった
と言うことなのでしょうね。
こーゆーイレギュラーもあると言うことで…
リラックマ大好きさん、コメントありがとうございます。
湯河原離宮のようにラージ(ECグレード)が外されたケースもありますしね。自分も偶然に某オールドエクシブでアップグレードされたことがありましたが、その時は元の予約グレードの金額にしてもらえたので少しだけトクをしました(自分の持っているグレード内ではありました)。
まぁ、あまりあることではないと思います(エクシブやベイコートの場合、規定があるので、あったらあったで困るでしょう)。