ある日、行きつけの隠れ家でリラックスしていたら、カハラ横浜からピコリとメールが届きました。そこには、カハラ横浜で断食をする「ファスティングステイ」の案内がありました。僕は外に出て埠頭からカハラを眺めながら、「ラグジュアリーホテルが断食パックを売るなんて支離滅裂だな」なんて思ったのですが、少し考えてみて、理由がわかった気がしました。
ファスティングステイ
ザ・カハラ・ホテル&リゾート横浜の「ファスティングステイ」の詳細は以下にあります。
(公式)<ファスティングステイ >心身を整える“都市型リトリート”3月24日より予約受付開始|イベント&プロモーション|ザ・カハラ・ホテル&リゾート 横浜【公式】
4月1日からの通年プランで、1泊2日68,215円という価格設定です。ファスティングだから、断食するんです。
ファスティングジュース、ヒマラヤマグマソルト、酵素ドリンクなどのそれらしいワードが並ぶ案内ページを見ながら、多くの人が「支離滅裂ではないか」とか、もっと素直に「馬鹿じゃないの」と思うのではないか、というのが僕の第一印象でした。
だって、普通に考えたらホテルは遊びに行くところであって、別のページではハワイアンブッフェなどと豪華な朝食を高らかに宣伝しているわけです。
でも、この矛盾の中にこそ「ラグジュアリー消費」って何なのかを考える問いがある気がしました。
食べないという目的
このプランは、断食を売っているようで、実際にはそういうわけではありません。専属マイスターのサポート、港沿いの散策、プールやジムの利用、そして最終日の個室での回復食。
プランの全体を見ると、商品の中心は別に断食の達成というわけではなさそうです。「食べない時間の私」を管理してくれる舞台装置としてホテルを使ってください、ということのように見えます。
豪華な食事を提供することが高級ホテルの存在価値だったのはもう過去の話であって、「食べない時間がデザインされている体験」がより上位の贅沢として成立していると、ホテル側は考えているのではないでしょうか。
お供アイテム
プランの釣り書きを見ると、合理的なものに混ざって、多くの「演出的なもの」が見えます。
水分補給のためのハーブティー、空腹感を和らげるための少量のジュース、塩分補給のための梅干し、断食後の体調に配慮した軽い回復食。骨格は実用的に見えます。
しかし同時に「ファストプロウォーター」とか「ヒマラヤマグマソルト」などと、いかにも写真に撮ってみたくなるような、実用品の領域を超えたウェルネス商品特有の言語も見え隠れするのです。
世の中にはあまたの断食道場みたいなものがあって、それらは「信念のある断食」と言えるでしょう。でもカハラでたった1日、断食風味のホテル消費をしたところで、体質改善や劇的な健康効果があるわけがありません。
むしろカハラは、「断食で自分を飾る場所」ということなわけです。だからお供となる小道具が大事、ということですよね。
上位の贅沢
ところで、豪華なブッフェと断食プランを同じホテルが並べて売ることは、思想的には支離滅裂ではないのかと、僕は最初、そう思いました。でも、ホテルはビジネスであって、このホテルには思想がないからこそ成立しているのだと、すぐに合点が行きました。
ラグジュアリーホテルは、ゲストに対して「善い生き方」を教える場所ではありません。ゲストがその時々に求める「自己像を編集する装置」として、短期間だけ借り受けられる空間ビジネスです。
だからそこで、ある日は思いきり羽目を外して暴飲暴食するのだし、別の日は「整えている自分」を演じたりしたくなるのだと思います。
このホテルはその両方のシーンをメニューに揃えているだけで、一貫した価値観など最初から持つつもりもないでしょう。この割り切った姿勢がいいか悪いかは別として、これが都会のラグジュアリーホテルの一側面です。
ファスティングが「より上位の贅沢に見える」という発想を、「思想がなく、ただ滑稽だ」と切り捨てるのは間違っているでしょうね。人生の一場面を「高級」に演出する装置として見るなら、それを必要とする人がいることも理解できるからです。
馬鹿なことだが、必要な人もいる。埠頭の先にあるホテルを見ながら、そんなことを考えました。
