元祖ペイバック、猪苗代に賭けた男の人生劇場

「会員制ホテル今昔物語」は、35年に渡ってリゾート会員権についてウォッチされているzukisansuさんによる連載です。日本で独自の発展を遂げたリゾート会員権、すなわち「ガラ権」の歴史をたどることで、日本的文化とは何か、日本人とは何かを、過去に学び未来を見通す―そんな奥行きのある連載として、僕から特別にお願いし、zukisansuさんにしか語れないこのテーマでご執筆いただく運びとなりました。どうぞご期待ください。(企画・制作:resortboy)

日本有数の硫黄鉱山の跡であり、最古のスキー場もある沼尻を後にした筆者は、かつての高原列車の線路跡をなぞるように、猪苗代湖に向けて南下して行きます。鉄道跡を感じさせるものは何も残っていませんが、各駅の跡には、最近新調されたと思える真新しい観光案内を見ることができます。

車だとあっという間の15キロ余りで、すぐにかつての猪苗代湖側の起終点である「川桁(かわげた)1」という場所に出ます。

たどり着いた川桁には、集落に加えて、今も稼働中のJR磐越西線川桁駅があります。よほどの鉄道ファンでないとこの周辺には来ないと思われ、まったく人の気配がしません。

川桁駅

正直に書きますが、筆者はこれから向かう、この駅のすぐ近くにある、東北最大の客室数を誇るガラ権施設のオーナーでした。その筆者にして、購入する時も利用している時も、この駅の存在に気が付きませんでした。この駅を知ったのは、そのホテルを手放した後のことです。

そんな筆者が自慢そうに述べるのも気がとがめますが、今回のホテル訪問の前に、駅の様子を見ておきましょう。

ローカル線の普通駅らしく駅舎はとても簡素で、かつて明治時代後半から1969年まで、沼尻軽便鉄道とJRとの接続駅として栄えたはずの面影は、今では感じられません。駅前はかなり広く、真新しい黒御影石の大きな記念碑が建てられていて、「高原列車は行く」の歌詞も刻まれていました。

筆者はこの川桁駅を離れ、いよいよ15年以上ご無沙汰だった懐かしの超大型ホテル、「ホテルリステル猪苗代 2」との再会へと向かいます。

リステル再訪

ガラ権ファンの皆さまは、リゾートホテル全般にも詳しいと思います。このホテルが、1室分譲型のペイバック式ガラ権ホテルであることは知らずとも、このホテルがペイバック式であることから「リースホテル」の語呂合わせで「リステル」と名付けられた 3 ことを知らなくても、必ずやこの豪快な姿や名前に覚えがあるはずです。

この一見して忘れられぬフォルムは、客室数の多さからメディア露出が多かったため、そのサブリミナルな知名度は日本有数でしょう。

本ホテルは猪苗代湖畔近くに位置しますが、川桁エリアは猪苗代町の中心部からは東に外れた場所です。お互いに鉄道の起点と終点に位置する前回の沼尻との連想で、紀州鉄道との関係を疑うかもしれませんが、まったく偶然であり、事業者同士の関係はありません。

元祖ペイバックリゾート

しかしこの「偶然」は、リゾート会員権という視点においては、無視することができません。

リステル猪苗代は、今で言う「ホテルコンドミニアム」の元祖でした。

本ホテルのある川桁を起点として、今はなき高原列車に乗って、安達太良山を登り、終点の沼尻に着けば、そこには前回で見た、紀州鉄道の「沼尻国際リゾートホテル」があります。

この2つのホテルは、一方はペイバック式ガラ権の元祖であり、もう一方は共有制ガラ権の源流でした。

開業年はほぼ同じで、経営は全く別。何という奇遇でしょう。

筆者は沼尻軽便鉄道を「ガラ権観光鉄道」と読み替え、替え歌「ガラ権列車は行く」を作って口ずさみます。この元祖源流は、わずか15キロの線路の起終点にあるということは、ご一緒していますガラ権研究家のresortboyさんとの共同研究の中で判明した事実であります 4

そして筆者個人として、図らずも、自らのコレクションに加えた東京レジャーライフクラブの「沼尻パウエル 5」と、本ホテル、リステル猪苗代本館が、線路の両端を押さえることになっていたのでした。ガラ権コレクターである筆者にとって、このヒストリックな2ホテルに当事者(会員)として交ったことは、振り返れば嬉しいとも言えるご縁でした。

それにしてもこの奇遇。この地を見下ろす安達太良山が、ガラ権を発祥させる磁場のようなものを発生させていて、事業者だけではなく筆者も、それに引きつけられたとしか思えません。

究極を極めよ

リステル猪苗代は、最初の本館が開業した1973年12月当時においても、東北最大級の311室の規模としてグランドオープンした巨大ホテルです。

創業者は鈴木長治という人です。静岡県浜松市の生まれで、実家は畳屋。藁にまみれながらリヤカーを引くのが嫌で高校卒業後に上京し、旅館や料亭、不動産屋などで下積みした後に、この安達太良山の麓にやってきます 6

そしてこの川桁で本ホテルの開発に取り組むのですが、その過程に一切の手抜きはなく、建設・販売・開業まで、全くの裸一貫のゼロから一人(自社)で成し遂げたことは、時代背景があったにしろ、同時代の他の開発計画と比較しても、その特異さは突出しています。

長治氏が40歳ちょうどの時、このホテルは開業します。まだお元気でおられるようですが、彼の人生回想録は、2013年に「究極を極めよ 7」と題してビジネス書の形式で発行されています。Amazonなどで古書として入手できますので、興味を持たれた方はぜひお買い求めいただき、この壮絶なガラ権人生に触れてみてください。

筆者はこのホテルに中古でオーナーとなり、その後、老朽化で手放した後にこの本が発行されました。自分の体験も含めて開発経緯を知っていただけに、感動なくしては読めない内容でした。

このリステル猪苗代の購入から売却まで、お世話になってきた氏の企業グループには、お世辞でなく、感謝しかありません。

凱旋の浜名湖

鈴木長治氏は、リステル猪苗代本館を開業した後、早くも1975年には、故郷に錦を飾るがごとく、浜名湖の奥、猪鼻湖のほとりに「ホテルリステル浜名湖 8」を順次開業していきます 9。猪苗代とほぼ同時並行で開発を進めていたのですから、超人的パワーの持ち主です。

1970年代半ばのこの時期、ガラ権界は全国各地で縄文人たちが続々とクラブや施設を立ち上げて来ると同時に、それぞれが連携しながら発展していく時期です。ガラ権歴史研究の要となる時期であり、その中でガラ権縄文人たち(多くは中小企業であった各事業者たち)を結びつけることにも、長治氏の果たした役割には大きなものがあります。

その「横のつながり」については、いつかリステル浜名湖を取り上げる時に話題とすることにして、今回は猪苗代再会の記を綴っていきたいと思います。

拡大

本ホテルは上述の通り、最初の本館からスタートした後、拡張を続け、個人企業の成せる技とは思えない規模に拡大しました。

1983年に温浴施設「クアハウス 10」や宴会場・レストランを増築。1986年にはフリースタイルスキーのメッカを目指したスキー場「リステルスキーファンタジア 11」を開業。そして1993年には、誰もが知る381室の新館「ウィングタワー」を開業し、「猪苗代ハーブ園 12」などの周辺整備も進めます。

その後、古くなった本館の再利用も視野に入れて、2004年までには健康・介護関連施設としてクリニックや「ケアテル猪苗代 13」も開業させています。今でこそメディカル事業が柱となっているリゾートトラストのはるか先を進んでいた、この鈴木長治という人の凄さを思い知らされます。

さて、この写真をみていただくと、同敷地内にもう一つ、大型建物「ガーデンコート 14」があるのがわかります。これは分譲のリゾートマンションです。

オーナーとしての思い出

筆者の思い出に少し触れます。

筆者は、この新館ウィングタワーの計画に期待して、新館が開業する少し前に、リノベーション販売で本館の一室を購入しました。そして家族で楽しんだ後、経年劣化のために修繕費用の問題が発生した際、運営元に引き取っていたきました。

この間、毎月のペイバックの報告と清算、運営管理の透明性、利用した時のサポート、何をとっても実に気持ちの良い保有でありました。ベタ褒めのようですが、実際にそうであり、嘘偽りはありません。長治氏の成功と今に至る継続は、彼の経営者としての志の高さが第一要因であると思う次第です。

リゾート会員権として

最後に、筆者がオーナーであった頃のリステル猪苗代の、リゾート会員権的な側面について、覚えているところを記録しておきます。

オーナーは、7日前までに申し出れば、いつでも初日3,000円、2日目以降1,000円で、自分の持ち部屋か同等以上の部屋を利用できました。本館施設内のクアハウスやレストラン、及び新館、その付帯施設、スキー場などの利用は、無料または格安な料金でした。

また、リステルグループ運営の他の施設、リステル浜名湖や海外のバンクーバー 15 やウィスラー 16 のホテルも格安で使えました。カナダのホテルは筆者の親戚が利用したことありますが、同社に旅行の手配までしてもらい、大変に喜ばれました。

リステルは日本リゾートクラブ協会にも加盟しており、リゾネットが使えた上、RCIジャパンにも加盟していて、海外リゾートとの交換も365日無制限に可能でした。筆者自身、これは大いに利用させてもらいました。

同社には、「クラブリステル」という預託金制のリゾート会員権もあり、筆者のように1室オーナーでなくても、おおむね同等の活用が可能だったと思います。

人生劇場は続く

筆者は所有権を手放した後、何度か格安で新館を利用させてもらったことがありますが、その後長らく、現地に行くことはありませんでした。

本館は、ホテルとしての運用は終了していますが、手放していない方の自己利用もあるため、閉鎖はされていません。外装は汚れ、成長した木々に埋もれそうになっていましたが、この本館は3階建ての低層ですので、巨大な高層ホテルである新館とのコントラストで、老朽化した姿はリゾート内としてさほど気になるものではないと思われました。

何より、ホテル周辺の自然環境に配慮した一帯の開発は、今もって綺麗に維持され、繁盛していました。

全ての面で一社で独占的に開発したホテルですから、リセールもリステルグループとして行われています。筆者が購入した時と異なり、現在は新館の方が、リゾート会員権「サンズ 17」という名前で販売されています。これは1室の3分の1の区分所有権を基礎とするものですが、税込みで300万円を切る価格で販売されています。

筆者がオーナーだった時と違ってリゾネットやRCIの交換利用はできなくなったものの、他のメリットは今時こんな条件で大丈夫かと心配になるほど、あまり変わっていないようです。磐梯と南東北エリア観光の拠点が必要であるなら、一考に値するガラ権だと思います。

本稿のための再訪は昨年の秋のことで、それは筆者として、15年ぶりくらいの訪問でありました。

筆者は、こんな偉大なホテルはもう日本で作られることはないだろうなと後ろ髪を引かれながら、道の駅・猪苗代へと、来た道を戻ったのでした。

(お知らせ)

本連載は毎週、週末に掲載していますが、3月半ばまで休載します。再開をどうぞお楽しみに。


  1. 川桁駅 - Wikipedia ↩︎

  2. 【最低価格保証】猪苗代温泉リゾートホテル ホテルリステル猪苗代 公式サイト ↩︎

  3. 企業コンセプト/リステルホテルズグループ LISTEL HOTELS GROUP【公式】 ↩︎

  4. 沼尻国際リゾートホテルを「共有制リゾート会員権の源流」であると認識する理由については、本連載「沼尻国際リゾートホテル(紀州鉄道 裏磐梯沼尻オーナーズビラ) | ガラ権の源流へ。高原鉄道を利用した「わるいやつら」 | 会員制ホテル今昔物語」を参照。また、ホテルリステル猪苗代(本館)を「ペイバック式リゾート会員権の元祖」であるとする理由については、次の2点を補足しておきたい。
    1)ホテルリステル猪苗代は1室分譲のペイバック型ホテル(一室単位での会員制分譲ホテル、またはホテルコンドミニアム)として販売されたので、純粋な意味でのリゾート会員権とは言えない部分がある。しかしその後、本稿にあるように会員権としての販売が行われた事実がある。さらに、当初の開発業者が責任を持って一貫して現在まで維持運営を手掛けているという事実は、ホテル事業者と所有者(オーナー)が共通の目的に向かって共に努力するという「リゾートクラブ」としての本質を満たすものである。そしてその本質であるクラブ的理念は、金儲けの手段としての事業者が多かったリゾート会員権事業者に、総じて欠落していた概念であり、むやみに施設数を増やさずに私企業が責任の持てる範囲で事業を継続しているリステルの沿革は、歴史上も極めて珍しい事例である。
    2)リステル猪苗代の開業は1973年12月だが、1972年12月にフジタ開発が蔵王スキー場に「蔵王コンドテル」を建設・開業しており、純粋な意味でのホテルコンドミニアムの元祖はこの蔵王コンドテルになる。しかし上記のように、リステルが今も一貫した経営を維持しているのに対し、蔵王コンドテルはいくつかのホテル名を転々として今は廃墟となっており、実績面からはリステルとは比べ物にならない。 ↩︎

  5. 本連載「沼尻国際リゾートホテル(紀州鉄道 裏磐梯沼尻オーナーズビラ) | ガラ権の源流へ。高原鉄道を利用した「わるいやつら」 | 会員制ホテル今昔物語」を参照。 ↩︎

  6. 鈴木長治氏の半生については、後述の単行本の他、以下の書籍掲載のインタビュー記事を参考にした。「社長200人の人と私生活」(日刊ゲンダイ編、東都書房、1986年5月) ↩︎

  7. 究極を極めよ
    4584134715 ↩︎

  8. ホテルリステル浜名湖【公式】三ヶ日温泉を満喫できるレイクビューの宿 ↩︎

  9. 沿革/リステルホテルズグループ LISTEL HOTELS GROUP【公式】 ↩︎

  10. クアハウス&プールC's | 温泉・プール | 猪苗代温泉リゾートホテル ホテルリステル猪苗代【公式サイト】 ↩︎

  11. スノーシーズン | 猪苗代温泉リゾートホテル ホテルリステル猪苗代【公式サイト】
    リステルスキーファンタジア - Wikipedia ↩︎

  12. ハーブ園 | グリーンシーズン | 猪苗代温泉リゾートホテル ホテルリステル猪苗代【公式サイト】 ↩︎

  13. ケアテル猪苗代 | 医療法人ケアテル ↩︎

  14. リゾートマンション ガーデンコート - リゾート会員権と不動産の売買 株式会社リステル【公式】 ↩︎

  15. The Listel Hotel Vancouverは2024年11月に閉館し、現在は再開発中である。
    Listel redevelopment: Rental & hotel tower planned for site - Vancouver Is Awesome ↩︎

  16. Listel Whistlerは現在、日本のAPA傘下となったCoast Hotelsに属している。
    Coast Hotel ↩︎

  17. リゾート会員権 福島県猪苗代 サンズ - リゾート会員権と不動産の売買 株式会社リステル【公式】 ↩︎

文・撮影:zukisansu、企画・考証・制作:resortboy。バックナンバーはこちら

1 comment

  1. zukisansuさん、猪苗代湖周辺のガラ権リゾート物語2編「磐梯連山に3つのスキーリゾートを訪ねて」「元祖ペイバック、猪苗代に賭けた男の人生劇場―ホテルリステル猪苗代―」非常に興味深く読ませて頂きました。

    実は私の長男が(結婚して)福島県・郡山市に住んでいる関係で何度も磐梯山周辺のリゾートホテルに泊まっています。最初はセラヴィリゾートの直営施設「猪苗代リゾートホテル」が定宿でした。息子の相手方のご両親と一緒の時は「エクシブ那須白河」、そして孫が生まれてからは施設の充実した「リステル猪苗代(ウイングタワー)」が定宿になりました。

    偶然にもzukisansuさんの息がかかったホテルばかりですね。ただ、残念ながら憧れの「東急ハーヴェストクラブ裏磐梯グランデコ」は宿泊代金が高くて泊まっていません。会員権を持っていなかったからです。

    どのホテルもとっても素晴らしく大満足の滞在でした。しかし、いつ行っても閑古鳥が鳴いているのですね。もっとも我々リタイア夫婦はオフシーズンしか行かないので当然かもしれませんが…、ホテル運営は厳しいだろうな~、といつも思っていました。

    今朝、zukisansuさんの「元祖ペイバック、猪苗代に賭けた男の人生劇場―ホテルリステル猪苗代―」を読んで、リステル猪苗代の凄さを実感しました。懐かしくなったので昔の私のフォートラベルを読み返してみました。あの「東日本大震災」の3年後、2014年2月の旅行記です。

    料金は1泊2食で1人11500円+入湯税150円(税・サ込)とお値打ち価格でした。ただし、土曜日は15500円。夕食も朝食もビュッフェですが、ものすごく充実していました。それらの料理を含めてホテル内の施設をかなり詳しくレポートしていますので興味のある方は御覧ください。

    ◎ホテル・リステル猪苗代(ウイングタワー)
    https://4travel.jp/travelogue/10857088

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