紀州鉄道、リゾート開発の終着駅

「会員制ホテル今昔物語」は、35年に渡ってリゾート会員権についてウォッチされているzukisansuさんによる連載です。日本で独自の発展を遂げたリゾート会員権、すなわち「ガラ権」の歴史をたどることで、日本的文化とは何か、日本人とは何かを、過去に学び未来を見通す―そんな奥行きのある連載として、僕から特別にお願いし、zukisansuさんにしか語れないこのテーマでご執筆いただく運びとなりました。どうぞご期待ください。(企画・制作:resortboy)

日本型リゾート会員権(ガラ権)の発生と発展の歴史、そしてその独特なシステムの波及という点で、紀州鉄道は最重要というべき存在です。本連載では源流である磐梯連山の沼尻(1970年代前半)を取り上げ、そして今回の北軽井沢(浅間高原)シリーズ(1970年代後半~1980年代)においては、結果として同社の本拠地となったこの地での開発の成功と、失速までを描いてきました。

後編となる今回は、同社がリゾート開発から手を引くこととなった最大かつ最後のプロジェクト「パルコール嬬恋スキーリゾート」を取り上げ、そのリゾートの開発から現在までを描いていきます。

鎌原観音堂

前回は、紀州鉄道の「パルコール村」をその勃興期から現況まで、一気に確認しました。今回はまず、時代を1980年後半に巻き戻します。

鶴屋産業傘下にあった紀州鉄道は、三和銀行の支援もあり、バブル最盛期に嬬恋村との第三セクターを作って巨大リゾート開発に乗り出します 1。それはJR吾妻線よりさらに北側、終着駅よりさらに西側に位置する四阿山(あずまやさん)の裾野、バラギ高原でのことでした 2

筆者は現地に向かう前に「鎌原観音堂 3」にお参りし旅の無事をお祈りします。今を去る240以上年も昔(1783年)、浅間山の大噴火があり、旧鎌原村は大きな被害を受けました。その際、570人の村民の中でこのお寺の石段の上に避難できた93人だけが助かったという歴史的観音様です。

古いお堂はすでに改修され、とても立派な観光名所となっていました。読者の皆さまもこのエリアに来られましたら、ぜひ立ち寄られることをお奨めします。

離れた場所で

80年代、ガラ権販売で勢いついた紀州鉄道は、バブル最盛期の1988年3月、嬬恋村との共同で第三セクター「嬬恋紀州鉄道リゾート 1」を設立しました。出資比率は2.5対7.5と、紀州鉄道がリードする会社でした。

開発計画は「嬬恋森林空間総合利用整備事業」として、2つの地域を合体させて進行します。同じ嬬恋村村内ですが、スキー場とホテルの「バラギ地区」と、ゴルフ場と別荘・ペンション村の「青山地区」の場所がかなり離れている計画でした。

ゴルフ場は大蔵屋のプリンスランド別荘地と隣接した場所に今もあります。現在はバラギ地区の本体と切り離され、「Royal Blue Golf Resort 4」として営業継続しています。

これら2つのリゾートは、「パルコール嬬恋」として一体運営されてきましたが、以下に述べる経緯で今はパルコール嬬恋とは「パルコール嬬恋スキーリゾート」のことを指すようになっています。

関東最大

嬬恋紀州鉄道リゾートが開発したスキー場とホテルは、四阿山の東斜面を切り開いて作られました。スキー場は広いだけでなく標高差で関東最大。3,193メートルのゴンドラリフト(旧パルキャビン)も関東最大です。

スキー場からの眺望は浅間山をはじめとする数々の名山をパノラミックに見える雄大なものです。

紀州鉄道が参入する以前より、1984年開業の嬬恋村村営のバラギ高原スキー場がありました 5。それに隣接して1990年、パルコール嬬恋スキー場が開業。そして1991年12月には、135室という大型のホテルがオープンしました。

総投資額は150億円。鉄道会社を装うところから別荘地販売を経てリゾート会員権で当時、日本トップクラスにまでなった紀州鉄道が、大型リゾート開発デベロッパーとして開花した時期だったと言えます。

滑り出しから

嬬恋紀州鉄道リゾートは紀州鉄道とは別会社でしたが、もちろんこのホテルは紀州鉄道の会員制リゾートクラブの利用施設として組み入れられました。ただ開業が1992年というのはバブル期としてすでに時遅し。このホテルの開業によって紀州鉄道のガラ権事業が持ち直したという話は聞きません。

そもそも元々のところで嬬恋村村内における歩調が揃わないものがありました。バラギ高原スキー場とパルコール嬬恋スキー場は隣同士なのに別個に運営されていて、リフト券も個別(共通リフト券は発売されていた)。結局、2004年シーズンからパルコール運営に統合されました。

とはいえそのパルコール側である嬬恋紀州鉄道リゾートも、その時点で大幅な債務超過となっていました。翌2005年には会社分割により「パルコール嬬恋株式会社」が設立され、嬬恋紀州鉄道リゾートから事業を継承する形で切り離し、再生を図ります。

結局、この関東最大級のゲレンデを誇る本スキー場は、開業時から「滑りだし不調」で、儲かったことがありませんでした。筆者の見立てとしては、圧倒的に首都圏からのアクセスが悪かったからだと思います。

バブル期のスキーブームは猛烈を極め、スキー客はどこにでも殺到していましたが、それでもなお本スキー場は人を集めるのに難しい冬場の難所でした。

本リゾートは村営スキー場の名にあるようにバラギ高原であり、浅間高原とは異なります。別荘地としては開発されておらず、ここにたどり着くまでの道は「パノラマライン 6」として整備されていますが、現在は木々が大きく成長し、どこを走っているかわかりにくく、眺望も開けていません。

BBHグループを経て

その後、新生パルコール嬬恋は2014年に倒産します 7。現れた再生スポンサーは、本連載でも登場した「ガラ権落人引受人」であるBBHホテルグループでした 8。彼らにとって総合リゾートの再生請負は初めてのことでした。

この段階ではゴルフ場も含まれていましたが、翌2015年には別の会社に売却され、スキー場及びホテルは「パルコールつま恋リゾート」(ひらがなを混ぜた)として運営されました。つま恋と言えば静岡県掛川市の旧ヤマハリゾートが想起されますが、何の関係もありません。

BBHホテルグループに入ったものの、運営は厳しいことは知っての訪問でした。筆者の訪問はスキーリゾートとしてはオフシーズンであり、雪景色の中では目立たなかったかもしれませんが、現状は残念なものでした。

BBHのテコ入れが手薄なのかと思いきや、それは違っていました。このスキー場は2019年シーズンから、オーストラリア資本の「Active Life Japan」の傘下になっていることが分かりました 9

外国人によって

この名前には見覚えがありました。筆者が最初に東急ハーヴェストクラブの会員となった斑尾にあるペンションを複数購入し、改修の上「アクティブライフマダラオ」などとして再生させた会社でした 10

同社として嬬恋の購入はこれに続くものです。同社のホームページは英語表示が標準で、日本語版は言語を切替えて読む感じです。斑尾のホテルのみならず、嬬恋のスキー場及びホテルは、主にオーストラリア人などを対象としているものと思われます。

現在、日本各地のスキー場は外資の運営となるケースが増えましたが、その多くは「行きにくい場所にある優良なスキー場」であるように思います。日本人は手軽な近場を好むようになった反面、インバウンド客にとってはその距離感はさほど問題にならず、優良なゲレンデコンディションと施設がそろうなどこでもよい、ということになっているのでしょう。

パルコール嬬恋は日本人にとって人気化することはついにありませんでしたが、雪質・標高差・施設(ホテルやゴンドラ)の総合力でスキー場として評価され、外国人によって「再発見」されたというのは興味深いと思います。

脱線しますが、長野県から新潟県にかけての山間部は、優れたウィンターリゾートとしてのポテンシャルを持ちます。日本人は遠い場所として敬遠しがちなこのエリアに、2年ほど前からシンガポール資本のファンド(ペイシャンス・キャピタル・グループ)が目を付け、妙高高原に総額700億円を投じたリゾート再開発を行うという話が出てきています 11

これは妄想に過ぎませんが、この開発を手掛けるシンガポール資本が斑尾を接点として、どこかの時点で歩調を合わせてこのパルコール嬬恋にも資金が投入され、劣化から復活してくれたら良いなと、ガラ権ファンとしては思っているところです。

シリーズを終えて

以上で、紀州鉄道ガラ権の今昔物語を終了します。書き終えてみて改めて、会員規模・システム・施設拡大・複雑な経緯・現状と、どれをとっても日本のガラ権史上、その時点で他の追随を許さない企業であったと感じます。

ガラ権ファンの皆さまにおかれましても、磐梯連山・沼尻、和歌山県・御坊市、北軽井沢(浅間高原)、そして今回の嬬恋と、4回に渡る記事を振り返られ、いかに日本のガラ権が特異なものであったのかをご堪能いただければと思います。

最後になりますが、紀州鉄道の別荘地とガラ権は生きていて使えますし、終結はまだ先のことに思えます。本連載は続きますので、この4回に漏れたいくつかの施設、那須塩原・房総白浜・片瀬江ノ島などを、今後取り上げる機会があるかもしれません。

ガラ権の広告塔「日本一短い私鉄」を見に行く

ガラ権の源流へ。高原鉄道を利用した「わるいやつら」

紀州鉄道、北軽井沢の夢のあとさき


  1. パルコール嬬恋スキーリゾート - Wikipedia ↩︎ ↩︎

  2. バラギ高原・四阿山エリア | 嬬恋村役場 ↩︎

  3. 鎌原観音堂 | 妻との時間をつくる旅 群馬県嬬恋村 ↩︎

  4. Royal Blue Golf Resort
    開業時の名称はパルコール嬬恋ゴルフコース。現在に至る経緯は以下に詳しい。
    パルコール嬬恋ゴルフコース・パルコール嬬恋GC(群馬県)を経営のパルコール嬬恋(株)が民事再生法を申請-椿ゴルフ ↩︎

  5. 現在のコース名称で言うと、第3ペアリフトの左右(C)と、その下(B)が旧バラギゲレンデにあたる。以前はパルコールゲレンデのベースよりも下に旧バラギゲレンデがさらに広がっていたが、現在はリフトも撤去され、その部分は存在しない。 ↩︎

  6. つまごいパノラマライン - Wikipedia ↩︎

  7. パルコール嬬恋株式会社|株式会社 帝国データバンク[TDB] ↩︎

  8. 会社概要|BBHホテルグループ【公式】 ↩︎

  9. Japanese Ski Resorts: Best Holiday Packages & Accommodation
    Active Life Japan is Expanding! Introducing Palcall Tsumagoi Ski Resort and Hotel ↩︎

  10. Ski Resorts Madarao Japan | Nagano | Niigata | Family | Beginners ↩︎

  11. ペイシャンス・キャピタル・グループ(PCG)、妙高高原リゾートプロジェクトの最新情報を発表
    斑尾・妙高を一大リゾートに 最大700億円規模 シンガポールの不動産投資ファンドの代表「ここしかない」 地元は期待と心配 | 長野県内のニュース | NBS 長野放送 ↩︎

文・撮影:zukisansu、企画・考証・制作:resortboy。バックナンバーはこちら

4 comments

  1. resortboyさん

    早速、紀州鉄道本線の今を報じる記事のリンクを貼っていただいてありがとうございます。

    まさに「紀州鉄道の終着駅」(本連載の各記事の大見出しはresortboyさんに決めてもらうことがほとんどです)ですね。

    ジャパンのジュニア団の記事のコメントに投稿させて頂いた通りですが、私は先週末までアメリカにいまして、帰国早々に飛び込んで来たニュースがこれでして、非常に驚いていたところでした。ニュースを読んだと言うよりレクイエムを聞いたと言った方が正確かもしれません。

    紀州鉄道はもともと廃線になるはずだったものを主にリゾート開発(別荘地やガラ権)とその販売に信用をつけるため、「赤字前提で買い取られ、広告塔として走っていたもの」であり、鉄道会社そのものが、そのことを公に隠すこともなく、運営が続けられてきました。私は、本稿に限らず、紀州鉄道の開発・販売したガラ権施設がだんだんと切り売りされてきている現状を書いてきましたが、この「広告塔」を維持できないほどに困っているとまでは考えが及びませんでした。この先、紀州鉄道のガラ権は、地に着いたレールの上を走れなくなった廃線鉄道と運命を共にして停止となるのでしょうか。部屋一室を分割共有する型の始祖が消える・・エレジーでしかありません。

  2. > 関係者によりますと、途中の紀伊御坊駅と終点の西御坊駅までの区間が、踏切施設の故障で昨年末(2025年)から部分運休が続いていて、御坊市中心部の本町(ほんまち)商店街や御坊市役所、日高別院、小竹(しの)八幡神社といった生活や観光の拠点へのアクセスが途絶えている状況になっていますが、運営事業者は踏切施設の修繕に数百万円がかかるとして費用を投下しない方針を示していることから、紀伊御坊・西御坊間の復旧のめどが立っていないということです。

    紀州鉄道・紀伊御坊~西御坊間の復旧めど立たず | WBS和歌山放送ニュース

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