本連載の紀伊半島編は、関西空港を出発し、海岸線を反時計回りにたどって伊勢志摩国立公園まで到達しました。今回から4週に渡って志摩・鳥羽エリアにある大型ガラ権施設を訪ねてまいります。
最初に取り上げるのは、志摩エリアの中で中心となる「賢島」にある、近鉄不動産が開発した1992年開業の単独ガラ権「プライムリゾート賢島」(現在の名前は「都リゾート志摩ベイサイドテラス」1 )です。
志摩観光ホテルと賢島カンツリークラブ
本題に入る前に、このガラ権が生まれた背景として、この付近一帯の開発を全て担った近鉄の経営する、志摩エリアだけでなく近鉄の関係するホテル群の中でも最高位にある「志摩観光ホテル 2」について触れます。
志摩エリアを本格的に開発を進めてきたのは、同地の鉄道会社である近鉄で、同社のホームページには、伊勢志摩エリアで同社が手掛けた開発の歴史が詳しく掲載されています 3。
1946年(昭和21年)に戦後初の国立公園として伊勢志摩国立公園が誕生し、近鉄はこの地域の開発に着手。手始めに志摩観光ホテルを1951年(昭和26年)に開業します。
志摩観光ホテル(現在の「志摩観光ホテル ザ クラシック」4)は、村野藤吾 5 が英虞湾を美しく眺められるようにホテルを設計したと言われ、「陽が傾き、潮が満ちはじめると、志摩半島の英虞湾に華麗な黄昏が訪れる」の書き出しではじまる山崎豊子の「華麗なる一族 6」の舞台ともなった、日本を代表するクラシック・リゾートホテルです(冒頭の写真)。
賢島内ではありませんが、対岸の別荘地には近鉄が作ったゴルフ場「近鉄賢島カンツリークラブ 7」があります。このゴルフ会員権は単独ではなく、別荘地や保養所に付帯するものでした。
こうした近鉄の賢島開発のピークとして、その賢島カンツリークラブから徒歩5分くらいの海に面した斜面に拡がる広大な敷地に、リゾート会員権方式で大型ホテルが建設されることになったのでした。
プライムリゾート賢島
伊勢志摩国立公園の中でも、この志摩エリアは一番南側となり、大阪・名古屋の大都市圏から最も遠い場所です。伊勢神宮のある伊勢エリアや温泉地の鳥羽エリアと異なり、風光明媚ではあるが特に名所もなく温泉地でもなかった志摩エリアは、近鉄が本格的に開発を始めるまでは、ただの田舎という感じだったと思います。
そんな志摩エリアにもリゾートバブルが訪れ、1988年の「総合保養地整備法(リゾート法)」のスタートに先立ち、三重県は「国際リゾート・三重サンベルトゾーン構想 8」を打ち立てます。これがあってこの地はリゾート法適用一番乗りで開発に着手されることになります。
本題であるガラ権施設「プライムリゾート賢島」は、1987年から本格的に始動した志摩エリアの保養地開発で最初に完成した施設です。全国的によく知られている「志摩スペイン村」(次回で詳述)が開業した1994年に2年先立ちます。
1992年と言えば、20年ごとの伊勢神宮の式年遷宮を翌年に控えるめでたい時期に当たります。観光客入込数は、バブル崩壊後であったにもかかわらず、次第に増え続け93年が1,500万人、94年は歴史上ピークの2,000万人を数える盛況だったとされています 9。
筆者は関東在住ですので、本施設販売当時の様子を知りませんが、観光ブームたけなわである中、近鉄不動産が単独開発として「プライムリゾート」の名前を冠し、同社初のガラ権大規模物件としてこのホテルを開発した経緯は納得できます。
1室あたり8口、1口1,400万の預託金制として
筆者はかつて、東急ハーヴェストクラブに入会した際、提携施設(相互利用可能施設)としてこのホテルが目立っていたために存在を知ったという程度で、当時の資料を持っていませんが、resortboyさんが当時のデータを提供してくださったので、それをもとに全容を解説します。
プライムリゾート賢島は1992年4月開業で、敷地約9300坪、延床約13,000平米となる鉄筋コンクリート3階建の低層建物、総客室数109室、1室あたり8口で全872口の預託金制会員権でした。
会員に個人・法人の区別はなく、15室に当たる120口は近鉄不動産が所有し、一般ホテルとしても運用できるシステムを取っていました。現在の預託金制の東急ハーヴェストクラブ+ホテルハーヴェストのような方法が取り入れられていたわけです。
地形も建物形状も違うので比較するのは難しいですが、数値だけで言うと、近隣にある「エクシブ鳥羽別邸」クラスの規模となります。
募集価格も一流で、2000年頃の第2次募集の時で1口1,400万(入会金280万、預託金1,120万、年会費18万)と、当時のハーヴェストクラブをはるかに凌ぐものでした。
東急ハーヴェストクラブは第1号施設が、1988年開業の蓼科本館です。本連載でも取り上げた南紀田辺の開業が1993年ですので、初期のハーヴェストクラブと足並みをそろえて登場したホテルと言っても良いと思います。
施設の立地・規模や豪華さはハーヴェストクラブを遥かに凌いでいます。リゾートマンションの小口分譲的なものではなく、完全なる立派なホテルの利用権である、預託金制のリゾート会員権です。筆者は、このガラ権に対する当時の関心や理解が浅かったと反省しました。バブル期の計画で、最後の方にできあがった施設は、どこも立派でしたね。
本ガラ権は、10年後以降の解約なら預託金は全額返金となっていて、母体が近鉄不動産ですから、会員になるにあたっての不安もなかったとは思います。しかし開業が1992年となると、伊勢エリアにはまだ遷宮景気でブームが残っていたとしても、バブル崩壊後の悪い時期です。本物件がいかに良いものであったとしても、完売には至らなかったと思われます。
志摩ベイサイドテラス
こうしてプライムリゾート賢島は、伊勢志摩エリアの最高級ガラ権施設として時を刻むのですが、バブル景気は終焉していたため後続のホテルも登場せず、現在に至るまでたった1施設で頑張っています。
当初は、ハーヴェストクラブとほぼ価格をそろえる形のパーソンチャージだったと記憶していますが、現在はルームチャージ制となっています。素泊まり1人5千円をベースにしたような料金体系なので 10、施設の豪華さからするとお得な感じに見えます。
さて、「今昔物語」である本連載としては、現在はどう扱われているかを見ていきたいと思います。
近鉄は本施設を大事に扱っていたようで、同社のホテル系列で最高級に属する神戸の「神戸北野ホテル 11」総料理長監修の朝食を売り物とするなど、評判にも気を使っているようです。
ホテル名称は一度、「海辺ホテル プライムリゾート賢島」にした後、「都リゾート 志摩ベイサイドテラス」と変更し、場所のイメージも分かりやすくなりました。
本施設は、現在も一般と会員制の並存ホテルであることを頑なに守り、現在では東急ハーヴェストクラブだけでなく、ザ グランリゾートやアソシアリゾートクラブ(ホテルアソシア高山リゾート)といった他のクラブとも提携を増やしています。また本施設の会員は、同じグループの都ホテル&リゾーツや北野ホテルの優待利用もできるようになっています。
筆者は現地を訪問しましたが、エントランス付近からしか写真を撮れず、海辺にせり出した全容は航空写真でしか見れません。以下の公式動画をご覧ください。実際に宿泊して内部を散策すると、さらに、近鉄が志摩にかけた力作を堪能できるでしょう。
最後に、前回に取り上げた「都リゾート 奥志摩アクアフォレスト」と、今回の「都リゾート 志摩ベイサイドテラス」との位置関係を近鉄が発行したパンフレット掲載の地図でご覧に入れます。
この2ホテルは多少離れてはいますが、同じ近鉄の都リゾートブランドの中で、志摩エリアで相互補完しながら営業が続いていることを確認した筆者は、ここから北上し、近鉄の志摩観光の本丸「志摩スペイン村」に向かいます。
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本館が「クラシック」、新館が「ベイスイート」。伊勢志摩サミットの開催ホテルにもなった、日本のリゾートホテルにおける最高の格式を誇るホテル。
・【公式】志摩観光ホテル|深い安らぎに満ちた志摩時間 ↩︎ -
・伊勢志摩サミットの会場となった「志摩観光ホテル ザ クラシック」 非日常の空間で豊かなひとときを | 取材レポート | 観光三重(かんこうみえ)
・第42回先進国首脳会議 - Wikipedia ↩︎ -
リゾート法の適用で最も早かったのは、「宮崎・日南海岸リゾート構想」「三重サンベルトゾーン構想」「会津フレッシュリゾート構想」の3カ所。
・志摩スペイン村 - Wikipedia ↩︎ -
会員の利用料金は(すべて1室料金)、ガーデンツインが11,500円、オーシャンツインが14,500円など。
・プライムリゾートクラブ賢島のご案内【公式】都リゾート 志摩 ベイサイドテラス ↩︎









