房総半島編の最終回は、前回スタートの勝浦から、房総半島の膨らんだ部分、太東岬エリアを周回し、目的地である内陸部へと向かいたいと思います。
勝浦から太東岬 1 の間には「月の砂漠」で有名になった御宿海岸があり 2、その北の大原海岸 3 も見どころかもしれません。太東崎灯台付近の眺望は絶景で、そこから北に向かった雀島 4、そして太東海岸 5 も雄大です。
記事の最後には、この機会に書いておきたい「幻のガラ権」について触れます。それは雀島から北に向かい、太東海岸の断崖絶壁を利用したホテル計画でした。その「伝説のホテル」については後述することにして、筆者は海岸線を離れ、内陸にクルマを走らせます。
千葉アクセスの改善
千葉県は、日本で一番ゴルフ場の多い県として知られています 6。現在157のゴルフ場が営業中のようですが、多くは先ほど紹介したエリア、太平洋に突き出た房総半島の中間にあります。東京からアクアラインを抜ければすぐに到着できる、アクセスの良さが魅力だからでしょう。
一方で北総エリアから房総に向かうには、道が混み、アクセスがイマイチでした。しかしここに来て、首都高中央環状線や埼玉県側からの外環高速完成に加え、数年後にはその外側の圏央道全通が控えています 7。都心及び関東西側からのアクセスが改善され、ストレスなく到達できるようになるでしょう。
そこで今回取り上げるのは、以前、中国地方の広島や茨城県の山奥のゴルフ場隣接コテージガラ権で取り上げた 8 リソルのリゾート本拠地施設とも言える、千葉県のへそのような中心で展開する「リソルの森(旧 生命の森リゾート)9」です。
生命の森を再訪
筆者は千葉在住であり、わずか一時間程度の田舎にリフレッシュ目的で通う必要は感じませんので、本リゾート施設はバブル期の開業時以来の訪問となります。お久しぶりに覗いてきたわけですが、さすがリソル。素晴らしくメインテナンスされていて感心しました。
では、走り込んでみます。先ほどのゴール、雀島からのスタートです。
直行すると1時間を切る近さですので、いつものように途中、ガラ権巡りの無事を祈って有名寺社を参拝します。今回は15分程度の回り道で、「笠森観音 10」を訪問します。関東各県に点在する観音様の坂東三十三カ所札所の1つとなる古刹で、建物がユニークなため多くの人が訪れるお寺です。
参拝を終えた後、今回訪れるガラ権のご本尊に向かいましょう。現在はリゾート全体の名がリソルの森となっていますが、旧名称の「生命の森」も普通に使われています。
ミサワリゾートからリソルへ
すぐに到着したリソルのガラ権施設は非常に広大で、何処が本堂(主施設)なのかわからないほどですが、バブル期に豪華宿泊施設として作られた「ホテルトリニティ書斎 11」のタワーホテルの位置が中心と考えてよいと思います。
では、本施設の沿革をたどっていきましょう。2003年に現在のリソルの元となる「ミサワリゾート」と、破綻したここの開発会社「日本土地改良」とで再生について業務提携し、その後ミサワは「リゾートソリューション」に、そして「リソル」になりましたが、一貫して本施設の再生に注力してきました。
ミサワリゾートは、バブル期の1988年から大手ハウスメーカーであったミサワホームの傍系としてリゾート事業を展開しましたが 12、2005年から三井不動産の資本を受けて分離独立しました。独立後のリゾートソリューションはゴルフ場事業を核に、企業向け福利厚生事業「ライフサポート倶楽部」やビジネスホテルで業績を拡大しました。
バブル期の壮大な計画
次に、ミサワが関係するまでの旧事業者の歴史、つまり開発から破綻までの経緯に入ります。
バブル期には千葉全域がゴルフ場建設に沸きたっていたわけですが、その割に大規模リゾート開発の計画は数少ないものでした。そんな中、この地の開発は北海道から拓銀が出てきたことで巨大化します。
元は1976年開場の「真名カントリークラブ」と、それ以前から隣にあった別荘地「長柄ふる里村」、そしてスポーツ施設「日本エアロビクスセンター」がベースです。これらを開発したのは日本土地改良の川戸雅貴氏という人で、1980年台後半からは北海道拓殖銀行も参入してできあがったのが、リゾートを中心とする3本立ての巨大リゾート開発計画でした。
元の長柄ふる里村に、ゴルフ場と日本エアロビクスセンターを核とした現在の「生命の森リゾート」構想が加わり、さらに当時一世を風靡した「TRON計画 13」を軸にした電脳都市計画の3本立ての元、別荘やホテル、ゴルフ場はもちろん各種スポーツ施設を揃えた約100万坪にも及ぶ広大な総合リゾートが構想され、開発が進みました。
三井とコナミ
当然のごとくバブルは乗り越えられず、日本土地改良と日本エアロビクスセンターは1998年に破綻しています。両社合わせて、負債は570億円だったようです 14。
現在のリソルは三井不動産が約30%の株式を持ち、約20%はスポーツクラブも手掛けるコナミグループが保有しています 15。この不動産デベロッパーとスポーツ系の合体こそ同社の特徴なわけですが、それはこの生命の森、現在は社名を冠したリソルの森の特徴でもあるわけです。
リゾート全体は周囲の緑に溶け込み、派手さがなく落ち着いています。筆者の見立てでは、初期に開発を手掛けた川戸氏が、土地もお金もあった千葉の名門、山林王であったためではないかと思っています。
ここを訪れた人は、きっと雑然とした日常から解放され、自然の緑の中でリフレッシュできることでしょう。海も山もない内陸ですが、通年楽しめるあらゆるアクティビティが約束され 16、それも小さい子どもから、家族連れ、カップル、老人に至るまでの全年齢層に対応しているのです。
トリニティ書斎
本連載の主テーマであるリゾート会員権、すなわちガラ権となっているのは、上記で触れた中心となる宿泊施設であるホテルトリニティ書斎。ペンシル型のタワーホテルです。
このトリニティとは、オリジナルの開発計画の「三位一体」を現しているのだと思われます。現在も募集はされていますので、詳しくは公式ホームページでご覧ください 17。
客室は60平米から120平米までの全室スイートタイプで、イタリア直輸入の家具が使われています。1990年7月の開業で、ホテルとしての運営数は現在40室(全体は89戸)。小ぶりで一般的に目立つ施設ではないため話題になりませんが、知る人ぞ知る、高級ホテルコンドミニアムです。
すでに開業35年を経るわけですが、今訪れても何ら古さを感じさせず、一目でわかる豪華さです。スポーツで身体を鍛え、高級コンドで読書に勤しむ理想郷の姿は、オリジナルの川戸氏の構想が三井+コナミであるリソルによって、バブル崩壊後にきっちりと継続・実現された格好です。
この他に、広島や茨城で見た同社独特のゴルフバケーションコテージもありますが、今回は省略します 8。
この会員権は所有権付きですが、現在の募集要項を見て筆者は安心しました。10年経過すれば運営元によって買取ってもらえるとの記載があるのです。資本は三井不動産などですから破綻の心配は極めて低く、出口戦略について思い悩む必要はないでしょう。
こういうところが、これまでの連載で見て来た錬金のためにガラ権造りに励んできた「縄文人」たちのとの違いであります。東急・西武・大和・森トラストなどなど、大手企業によるガラ権の安心システムがここに極まる、という感じがします。
日本有数のスポーツリゾート
本記事の冒頭に述べたように交通アクセスはどんどん改善していますから、都会生活のストレス解消に最適なガラ権が、ひとつここにある、という感じですね。
中心となるトリニティ書斎以外の施設について少し付け加えます。大元の施設として日本エアロビクスセンターがあったのですが 18、これを中心とするスポーツゾーンが広大なエリアの東側、そして西側は宿泊+リラックスゾーンとして位置づけられており、2020年にリニューアルが行われて現在の名称「Sports & Do Resort」が冠されました 18。
東側のスポーツゾーンの充実度は、数々のオリンピック選手が活用した日本エアロビクスセンターの伝統から、他のリゾートと比較にならないほど本格的なものです。
真名カントリークラブ自体も36ホールの大型でしたが、バブル期に有名ゴルファー/コース設計者の名前を冠した「真名ゲーリー・プレーヤーコース」18ホールが増設され、合計54ホールの堂々たるゴルフ場となっています 19。それぞれのクラブハウスも豪華さを誇ります。
そして他にない特色がスポーツセンターとなる現MTC(メディカルトレーニングセンター)、旧 日本エアロビクスセンターです。1985年に開業したこの施設は、米国テキサス州の「ザ・エアロビクスセンター」という医療健康増進施設の監修を受けたもので 20、当時「東洋一の健康の殿堂」として開業して以来、トップクラスのアスリートやスポーツ選手の養成を担ってきました。
2020年のリニューアルで現在のMTCとなり、医療機関となるクリニックも併設されています。
総合リゾートの手本
ここは長柄ふる里村 21 という別荘地の整備・開発と並行してできたのですが、興味深いのは、別荘地の住人(定住者も多い)や所有者の団結が固く、リゾートの開発にも大きな功績を残してきたことです。これは筆者が日本中のリゾート開発を見てきた中で、他に見たことがないものです。
その象徴がトリニティ書斎の南側にある、全体のセンターハウスのような食事処「翠州亭 22」です。これはかつて東京にあって1978年まで使われた旧スイス大使館(さらに元は明治の実業家・華族の近藤男爵の別邸)が本リゾートに寄贈され、移築されたという由緒ある建物です。
スイスと友好関係になったのには、このふる里村が関わっています。1970年代初頭、昭和天皇がヨーロッパを歴訪した際に、スイスのレマン湖のほとりの小さな村、グランヴォーを訪問しました。それにふる里村の関係者が興味を持って、両村は姉妹協定を結んだのです 23。
その協定内容が現在のリソルの森に含まれているわけです。開発の初期段階からスイスとの友好の絆がずっと守られてきていて、それは商業主義的なものではなく、別荘地の住人によって築かれたということに、筆者は驚きました。
そしてその絆をさらに強めようとするかのように、2020年のリニューアルでは、西側にある宿泊+リラックスゾーンにおいて新設したアウトドドア拠点を「グランヴォー・スパヴィレッジ 24」と名付けているのです。
こうした歴史が、脚注に示したホームページに詳細に掲載されていますのでご覧ください。三井不動産という大資本が、リゾート開発時の理念を大事に維持しながらメンテナンス・運営をしている。これは総合リゾートの手本と言えるものです。
ほめ殺しのような書き方になりましたが、筆者から見て、全く死角はありません。リソルが社名を冠し、本拠地の総合リゾートとして時を刻むリソルの森ですが、ガラ権ファンの皆さまには、こうした「話がきれいすぎる」リゾートはどのように見えるのでしょうか。
幻のリゾート会員権
この非の打ちどころのない素晴らしい施設群を後にして筆者は帰宅の途に着いたのですが、実はもっと荒削りな「ガラ権縄文人」の姿に心惹かれることがあるのです。
冒頭で訪れた雀島から北に向かうと、太東海岸の途中に断崖絶壁があります。その崖を利用したホテル計画がかつてありました。つい最近まで会員制ホテルを作ろうとしていたようですが、現在は消息が途絶えている会社があります 25。
規模はさほど大きくないのですが、社長は「伝説のホテル」というタイトルで数々のプレゼンを行い、多くの人が魅了されたようです 26。
実際、この計画はガラ権マニアである筆者の心に妙に響くものがありました。出来上がりを楽しみにしていたのですが、計画は頓挫しているようです。
ただ、今もホームページは残ったまま。この会社に出資していた人たちの話も聞きません。
もうこのエリア一帯で、新規施設を立ち上げられる可能性のある会社は、雀島に開発用地を持つリゾートトラスト以外にはなさそうです 27。
これで千葉県ガラ権巡りを終え、筆者は次回からの連載に向け、別の場所に向かいます。


















